ネクロマンサー

猫茶

一章 ゾンビ編

プロローグ


 淡い黄緑色の光景が車窓の先には広がっていた。

 席に寄りかかりボーと外を眺めていた。目に見える景色はまるで夢の中にいるみたいに霧が掛かっていてた。


「となり、失礼するよ」


 黄色い丸い奴が隣にやって来た。卵の黄身みたいな姿だ。俺は一つ頷いて座るよう促した。


「外の景色は綺麗?」


 首を振って否定する。

 景色はあまりよく見えていないのだ。


「大人なのに、君はけっこう幼いんだね」


 黄身を見た。色艶はない。ゆで卵の黄身みたいだ。そいつは大きな瞳でじっと見つめてくる。


「後ろの車両に荷物があるよ」


 この列車にはたった一つの荷物しか持ってこれない。後ろの車両には昨日の自分がある。一昨日の自分も、一昨々日の自分も、はたまたもっと昔の自分まである。俺の記憶。人生の記録。


「見たくない」


 その答えに驚くでも面白がるでもなく、黄身はただ「うん」と頷いた。それきり黙ってしまった。俺は外を眺めた。今度はレールの先の方を見た。列車の向かう先には大きな白い渦があった。


「ねえ黄身、あれは何?」


「あれはね、荷物置き場だよ」


「荷物を置いてくの?」


 黄身はプニと動いた。肯定のジェスチャーだ。

 すると、せっかく運んできた荷物を下ろしてしまうのは勿体ない気がした。


「それは、いやだ」


「……そうだよね。じゃあ一旦停めようか」


 列車はゆっくりと減速し、金属音を立てて止まった。

 一安心して今度は地平線を眺めた。すると、細い線の様なものを見付けた。


「あれは?」


「他の列車だね」


 それを聞くと、俺は立ち上がった。

 黄身を見下ろして言った。


「外に出たい」


「君がしたいなら構わないけど、ちょっと危ないかも」


「……なら止めとく」


 もう一度席に着いて、遠くに行ってしまった列車を眺めた。暫くそうしていると、モヤの向こうに消えてしまった。


「行っちゃったね」


 黄身は言った。

 俺はまた一つ頷いた。


「やっぱり、俺も行く」

 

「出発だね」


 再び電車は動き始めた。

 なんだか不安になって外をよく見てみた。


 すると、いつの間にかレールの先が無くなっていた。電車が向かう方に大きな穴があって、そこから歪な黒い手が伸びていた。


「運が悪いね」


 黄身は忌々しげな視線を黒の手に送った。電車はブレーキを掛けて止まったが黒の手に先端の車両を掴まれ、引っ張られた。


「連結器は解除する?」


 少しだけ悩んだ。記憶を置いていくか一緒に穴に落ちるか。

 俺はどっちでもいいのに、黄身の方はとても真剣な目をしていた。


「……荷物は離したくないかな」


「うん、そうしようか」


 一本の電車がゆっくりと静かに落ちていく。

 大きな穴の中に落ちていく。


 その日、一体のゾンビが誕生した。

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