緊迫
昭和二十五年 八月
佐渡島沖ミグ戦闘機撃墜事件から三ヶ月。
日本は一応、平和を守り続けていた。この夏には総選挙が実施され、高野達の党は圧勝。
高野は総理の座、政界の表舞台を退いたものの、彼が作った新しい日本はいよいよ敗戦の傷から本格的に立ち直ろうとしていた。
そんな折・・・
東京 国防省
新設された国防省は専用ビルが建設中であり、依然として旧陸軍省、海軍省ビルが事務作業に使われている。
空軍は旧陸軍省内に官僚組織を置き運営に当たっていた。
そして、この日は旧陸軍省に於いて、対ソ問題協議に陸海空三軍の総司令官と総理大臣、外務大臣、大蔵大臣、国防大臣、各省庁官僚、政務官らが一同に会していた。
まず発言したのは新総理大臣の吉田茂だ。彼は戦時中、親英米派として国家権力から目を付けられ不遇の時を過ごしたが、高野クーデターの成功、改憲、新体制への転換と共に政治家への道を選び、高野の作った新政党に入党。先の総裁選で見事勝利し、総理の座を手に入れた。
「現在、ソ連側は我が友好国である満州や韓国に圧力をかけつつあります。もし、仮にこの二国のどちらか、いや両方に於いての場合も考え、ソ連軍の越境侵攻が発生した場合、我が国はどうするのか。それを話し合わねばなりません」
そう言って、葉巻を燻らす吉田。続いて、空軍総司令官大西瀧治郎空軍大将が口を開く。
「我が偵察機や韓国、満州、中国空軍からの情報によると、ソ連空軍は沿海州の韓国国境付近、樺太南部、満州国国境付近にジェット戦闘機が離着陸可能な舗装滑走路を備えた大規模な飛行場を整備しております。
無論、我が方としても三沢、佐渡、百里、小松、舞鶴、鳥取、対馬等とレーダー監視網を整備して防備増強を図っておりますが、あまりいたずらに刺激するわけにも・・・・・・」
「そうですな・・・こちら側から刺激するのはあまりよろしくないでしょう。しかし世論は先の領空侵犯事件以来、対ソ制裁、一部は武力制裁をも求める声が多くあるのも事実であります」
と、ここで陸軍総司令官の服部卓四郎大将が割って入る。
「総理、それは現状無理ですよ。経済制裁もどれ程効果のあるかも分かりませんし、武力行使なんてそれこそ全面衝突となれば、先の大戦以上の犠牲を我が国は覚悟せねばなりません」
「陸軍としては、ソ連邦との全面戦争は不可能だと仰るのですね?」
「はい、断言します。何より、我が軍の装備は更新の最中で、現状殆ど大戦中からの使い回しや米英からの払い下げばかりですし、更に冬の戦いとなった場合、極寒地に耐えうる装備も兵士に着せる寒冷地用服装も充分にはありません」
「海軍としては、どうですかな?」
吉田に話を振られ、海軍総司令官の吉田 英三大将が答える。
「はっ。海軍としましては、空母艦載機や韓国や満州、中国等友好国基地からの陸上攻撃機による爆撃である程度、陸軍さんにもご支援できるとは思いますし、海上でもソ連海軍に負けるような事はないと思いますが、ソ連領は支那以上に広大ですから、赤軍が奥地へ奥地へと逃げ込んでしまえば我々は迂闊に手を出せません」
それに、大西も服部も頷く。陸軍としては支那事変泥沼化のトラウマがあるが、海軍としても先の大戦に於いてのソロモン、ニューギニア戦線のトラウマがあった。長大な航続距離を持たせた日本海軍の飛行機は、それが逆に人間には無茶な作戦を可能にし、熟練パイロット達の消耗を加速させてしまったのだ。その反省から、新鋭機ジェットゼロも乗員の安全、疲労性を十分考慮し設計され、航続距離は本土防衛を目的としたラインになっている。他の爆撃機やレシプロ艦載機の天山や流星、烈風等に関してもそうだ。これらの飛行機は現在、陸上基地でも三軍全体で使われており、つまり三軍とも、赤軍を屈服させるだけの飛行機も、戦車も、そして何より兵士も足りなかった。
「つまり、陸海空三軍とも開戦には反対ですな」
大西、服部、吉田の三司令官が当たり前だろと言わんばかりに頷く。
「分かりました。政府としてもなんとかモスクワと交渉を続けてみます。ただ一応、三軍ともに警戒は続けてください」
「「「はっ!」」」
この日、日本政府の方針は外交決着に決定したが、未だ日ソ、満ソ、韓ソの緊張は続く。果たして、ソ連邦側はどう出てくるのか・・・・・・
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