北方動乱




 昭和二十二年 冬 宗谷海峡



 ソ連へ返還される事が決まった南樺太からは、居住していた日本人達を乗せた引き揚げ船達が一路、北海道本土や南千島の国後、択捉を目指し航行していた。

 第一便、第二便と無事、北海道や千島列島の国後島や択捉島に到着し、久しぶりの祖国の土を皆踏みしめた。

 そして、その最後の引き揚げ者達を乗せた船が樺太大泊港を出航して一日程の事であった・・・・・・



 東京 首相官邸



 報道陣に囲まれた高野総理に、秘書の佐武が耳打ちする。



(それは誠か?)


(海軍の方で調査中のようです)


 そして、高野は早々と会見を切り上げ、すぐさま閣僚に召集をかけた。



 数時間後



 高野内閣の閣僚、秘書、政務官達が集まり、閣議が行われた。

 まず、口を開いたのは高野総理である。


「えー、本日未明、樺太からの最後の引き揚げ者達を乗せた輸送船が、宗谷海峡で消息を絶ったと連絡があった」


「なんですと?!」


「乗員乗客の安否は?!」


 まさかの事態に皆、色めき立つ。


「国防相、海軍からは何か言ってきたか?」


 高野が、国防相に問う。


「はっ・・・現地に派遣された調査艦隊からの報告によると、当海域にて漂流者多数救助。船の残骸や燃料の海面への広がり方からして、その・・・爆弾か魚雷による攻撃を受けた可能性が高い・・・・・・と」


「当該海域を管轄する軍のレーダーからも不明機の報告はないし雷撃か・・・だとすれば潜水艦か」


「はい。まさか講和したばかりでそんなはずはと、引き揚げ船は護衛を付ける事もしなかったですし、夜陰に乗じ魚雷を撃てば充分・・・・・・恐らく十中八九ソ連海軍の・・・」


「講和も終わって、樺太も返還するとした直後に丸腰の民間船を狙うとは・・・しかし、現場指揮官の独断という可能性もある。外務相、ソビエト側と連絡は取れるか?」


「はっ。至急、モスクワの大使館に連絡を取ります」


「頼んだぞ」


 その後、外務省を通じ、日本政府は正式なルートで抗議したが、クレムリンはこれを黙殺。

 更に、その手続きのさなか、日本海軍の現地調査艦隊とソ連海軍警備隊の間で武力衝突が発生。

 米国の仲介で大事にはならずに済んだものの、北方動乱と呼ばれたこの一連の騒動で、明治以来かねてよりの日本国民の反露感情が再燃。

 両国の関係は一気に冷え込んだ。

 そして、この日本の北方での動乱の頃より欧州でもドイツを占領統治していた連合国の間で、英米仏とソ連の意見の対立が顕著化。

 英米仏はその占領していた地域をドイツ連邦共和国として独立させ、ソ連は自国が統治していた東側をドイツ民主共和国を独立させ、ドイツは東西に分裂する事となってしまった。前話で米英仏が講和を結んだのは西側のドイツ連邦共和国とである。



 さて、史実では日本の敗北後、南北に分割されてしまった朝鮮半島であったが、この世界では連合軍が日本本土や属地を直接占領統治しなかった事、ソ連の対日参戦がなかった事もあって、比較的平和裏に独立への道筋が作られようとしていた。



















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