決行




 昭和19年10月某日 未明


 米軍の本格的本土空襲が予想される中、防空演習の名目で真っ暗闇にさせている東京湾に、闇夜に乗じて巨大な軍艦が忍び込む。

 忍び込むとは言っても、その巨体やそれから生じる音を隠し切るのは困難な為、沿岸部の人間がちらほらその正体に気付き始めた。刹那、その軍艦の16インチの主砲は仰角最大で上空に空気の塊を吐き出した。


「あの音は・・・長門だ!合図だ、行けー!」


 その発砲音と衝撃波に市民が叩き起される中、帝都の重要施設、閣僚や重要軍人、翼賛系議員の邸宅に陸軍も海軍陸戦隊も多数の兵士達が雪崩込む。

 そして長門は、その上げた砲門をゆっくり降ろし、国会議事堂の方角に照準を向け固定した。

 陸の方では、やはり多少の犠牲は出しながらも事は円滑に運んでいた。

 急な襲撃に目覚めた小磯総理は、すぐ様事態を把握。臨時閣議の招集を呼びかけたが、すでに彼等も拘束され(政軍の要人は生け捕りを原則とした)国会議事堂に集められており、彼も其方へ同行する事を承諾。万一に備え、拳銃や刀等は丁重に回収された。


 同時刻 陸軍参謀本部


「貴様等、何のつもりだ!」


「決起ですよ、課長」


「そんなもんはその此方に向けられたもんを見れば分かる!何故こんなことをしておるのかと聞いとるんだ!」


「日本の為ですよ」


「日本の為だと?日本の為と言うならば、なぜ戦場に行って戦わん?!立派に戦い忠義に殉じることこそ日本男児の「それで何人、いえ何万人の前途ある若者を殺しましたか?」


「お国のため、天皇陛下の為に最後まで戦い忠義に殉じる・・・確かに、あなた方職業軍人にとってそれは理想かも知れません。しかし、我々のような徴用の兵士は、そんな崇高な軍人精神なんてものは理解できません。しかしどんな形でも兵隊になった以上、自らの命が惜しいとか死ぬ事が怖いのではありません。我々は消耗品ではない、ひとりひとり血の通って、ひとりひとりに愛する人達もいて、そんな普通の人間達なのです。そんな普通の人間なればこそ、死ぬ時は国のためとかではなく、愛する母を、妻を、家族を思って死にたいだけなのであります」


「貴様はこの国を、この日本を愛していないのか?」


「それは断じて違います。私とて部下達とて愛国心はある。だから、愛しているからこそ、我々はこうして決起したのです。これがこの日本国のために我々が出来る事であります。貴官も、既にこの戦、我が国に勝ち目などない事は分かっているでしょう?」


「ぐっ・・・しかし、もう後には引けんのだ!私は最後まで鬼畜米英に抵抗する!」


「なるほど貴方は立派な帝国軍人だ。そんな貴方に敬意を表して申し上げる。ちょっと空中勤務者(陸軍では航空隊パイロットをこう呼んだ)達の間で妙な噂が立ってましてな。海軍の方でもそういう話はあるそうですが、九九式双軽(双発軽爆撃機)・・・通称キンギョに信管を取り付けて、爆弾を抱かせて洋上の敵艦に体当たり、自爆攻撃させる計画があるとか?」


「なんだそれは、私は知らんぞ!二課でそういう話があると耳にしたが、まさかヤツら・・・・・・」


「二課ですか・・・ありがとうございます」


「貴方は、組織的な体当たり自爆攻撃・・・噂には特別攻撃、特攻と呼ばれるようですが、多数の部下を預かる者としてそういう作戦には賛成ですか?」


「聞くまでもねえだろ、貴重な空中勤務者を殺すなんざ、んなもん作戦とは呼ばんよ」


「成程。貴重なご意見をありがとうございます」


「おう。そうだ貴様ら、二課の連中は俺らと違って本気で頭があれだからな、気をつけろ」


「はっ・・・・・・」


 彼の軍人精神に敬礼をして、兵士は二課のフロアへ向かう。

 その頃、海軍軍令部では・・・・・・


「及川総長、御無沙汰しておりますな」


「一体、これは何の騒ぎでしょうかな」


「これはこの戦争を終わらせる為の戦いです」


「こんな手段しかなかったのか?」


「はい、いくら口論してもどうにもできない頭の堅い連中を抑えるには、現状これしかありませんな。そういえば貴官は海相時代、何故海軍は米国と戦えぬと言わなかったのか?」


「そ、それは・・・あの時の時勢に流され・・・・・・実際に世論も米英討つべしとの声が・・・・・・」


「確かにそうですな。軍隊がはっきり戦えぬと言うのもあまり聞きませんからな、それが御前とあらば余計にですな」


「そうだろう。しかし今、戦いを終わらせる・・・つまり米英に降伏なりするとして、暴走する国民世論は、軍だけじゃない、政治家や省庁官僚にもいる強硬派の連中はどう抑える?!」


「確かに日露の講和後には日比谷焼き討ち事件などが起きましたな。あれは辛勝を大勝と勘違いさせるような報道のせいもありましたが・・・・・・ですが今回の計画ではそういう反発も織り込み済み」


「・・・・・・自国民、いや同じ日本人に銃を向けるのか?」


「措置はほんの一時的な治安の安定のためのものです。既に日本本土、朝鮮府、樺太庁、台湾府に於いて陸軍部隊が展開しております。満州、占領地についても無論・・・・・・総長殿、現時点では違憲となっても、帝国の未来のために目を瞑って協力して貰えますか?」


「しかし、うーん・・・今回の決起、誰が言い出した事だ?」


「・・・・・・・・・です」


「なんだと?!そ、それは誠なのか!」


「誠です。表の首謀者は英霊元帥なので、準備も上手く行きました。現在、小磯総理以下閣僚達も陸軍の我々の仲間が監視のもと、議事堂に集まっております」


「・・・・・・わかった。そういう事情なら俺もできる限りは協力する」


「ありがとうございます」



 同時刻 某大手新聞社本社ビル


「皆さん、お忙しいところこんな夜中にお呼び立てして申し訳ありません」


決起部隊帝都掌握第二中隊長山村陸軍少佐が、まず騒ぎを起こし、それに巻き込んだ事を新聞社の社員達に謝罪、頭を下げる。


「あの・・・一体何が起こってるんです?全国で陸軍も海軍もごっちゃになって何かやっておるようですが・・・・・・」


「すみません、今のこの国を根本から変えるにはこうするしかなかったのです」


「国を変える?つまり、決起という事ですか?」


「そうです。こうして我々軍隊の一部が決起し、無謀なこの戦を終わらせ、日本をかつてのような平和な国にしようと戦っておるのです」


「では、あの大きな空砲音は・・・」


「皆さんもよくご存知の海軍連合艦隊、戦艦長門の空砲です。連合艦隊司令部は兼ねてより我々に協力してくれる手筈となっております」


「それであなたがたの我々への要求等は?」


「ええ、今までの大本営発表の嘘を全部、いや一部でも明らかにして欲しいのです。現在我が国が置かれている状況を正しく報道して一般国民に知らせて欲しい。ただ、それだけです」


「え、しかし検閲は・・・・・・」


「我々の仲間が陸海両省はむろん、内務省も全て抑えております。その正確な戦況情報はこちらの資料にまとめてあります。また不足するなら印刷用の紙も我々がご用意いたしてありますので、何も気にせず、ご自由にお書きください」


「は、はい!よし、急ぎ明日の朝刊の刷り直しだ!」



 こうして、夜が明ける前に彼らの計画は着々と進んでいく。



数時間後


 新聞社の電光掲示板にまず「陸海一部将兵決起。小磯内閣閣僚拘束さる!」の文字が流れ、街を行き交う人々は立ち止まってそのニュースを眺める。その日の朝刊には、一面に東京湾に停泊中の長門と、彼らの行軍の様子が躍り、ラジオでも臨時ニュースで事件を取り上げる。


「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。本日未明、陸海軍の将兵の一部が叛乱を起こし、小磯総理以下内閣閣僚を人質に取り、帝国議会に立てこもっているもようであります。なお、今回の叛乱は・・・・・・」


 一般市民はいまいち事態を把握しきれていなかったが、朝刊を見てそこに詳しく書かれた内容に絶句した。そこには今までの大本営発表の虚実、各前線や海戦などでの悲壮な実態、詳細は伏せられていた同盟国ナチス・ドイツの実態、敵軍の詳細な実力等事細かに載せられていたのである。そして、叛乱将兵達はそんな状況を見てやむにやまれず、これからの日本のために、一般国民にこれ以上被害を出さぬために決起したのだとラジオを通じて世論に呼びかけた。この決起の件は、日本領内にいるスパイを通じて、中立国からの報道の前には、敵側の連合国首脳陣も知るところとなった。


 米国 ホワイトハウス


 ルーズベルト大統領は敵国日本での政変の情報に頭を抱える。


「本当に何なんだあいつらは・・・・・・」


「彼等の日本政府に対する要求は日本とドイツの同盟破棄、チャイナ内陸部からの日本軍撤退、学生兵の帰還、日本軍の無条件降伏による停戦等だそうです。また、我々に対して必要とあらば停戦後に対独戦が続くなら協力したいと」


「あの時のやつ(二・二六事件の事)とは何か違うようだな・・・・・・」


「今回は陸軍も海軍も協力してのクーデターと聞いております、またある筋からは、これは白色クーデターの可能性もあるとの情報もございます」


「確かに、何より日本海軍連合艦隊が全面協力となるとその可能性もあるな」


「現在、日本のクーデター部隊の指揮官らが我々に接触を図ってきております。おそらく停戦交渉の要請でしょうが、いずれにせよ英ソと協議せねばなりません」


「そうだな・・・・・・そのJAPのクーデター指揮官らと直接に連絡はつくのか?」


「はっ・・・彼等はわざと我々に傍受させるように平文で通信を行っておるようですので」


「わざと平文で?何故だ」


「はっ・・・彼等の声明では民主主義の事について触れられておりました。それと、我が国が国民世論に逐一左右される国だと言う事も知っていると」


「成程、つまりまずは合衆国の一般市民を味方に付けようと言うわけか」


「はい。今回はこうするしか手段がなかったが、出来ることならもう血は流したくないと・・・・・・」


「道理だ。しかし戦いとなれば血は流れる。彼らもそれを分かってあの時真珠湾、フィリピン、マレーを攻撃したはずだ」


「これ迄に西南太平洋で我々が払った犠牲も決して少なくはありません。ですが、戦争というのはいつまでも続けるわけにはいきません。いつかは終わらせねばならない」


「JAP・・・日本人達は、もう白旗を挙げたと言う事か」


「ええ。我々も敗退が続いていた頃やっていたように、日本軍は我々に負けた時の戦果をごまかしたり戦果を誇張したりして発表していたようで、それが日本の新聞に大々的にスクープされました。今やあの国の国民は目覚めつつあります」


「・・・・・・よし、とにかくまずはチャーチルとスターリンに会う。すぐに手配してくれ」



 日本で突如起こった政変によって、二度目の世界大戦の行く末は分からなくなっていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る