第6話 罪の果実
美しい花には棘がある。
天界の果実には、毒がある。
使いにやってきた天使がミルクティーに落としいれたハート型の砂糖には、天界の果実の毒が入っていたのだ。神をも殺す、猛毒が。
薄れていく意識の中で、以前どこかでみた光景が、ネクサスの脳裏に過ぎる。
♰
青い満月が夜を煌々と照らしていた。
その幻想的な月明かりの下、沢山の死神と天使が見守る中で、翼を斬られた少年と少女。
一人は、天界の果実を守る死神の少年。黒いローブに身を包んでいるが、どことなく幼く見えた。両手両足を台座に括り付けられているため、月と同じ青色の目から零れ落ちる涙を拭うことすらできないでいる。それは、与えられる死への恐怖からくる涙ではないのだと、ネクサスにはわかった。
なぜなら、彼の憂いを帯びた瞳は真っ直ぐに少女へと向けられているからだ。
少女の方は、そんな少年の視線から目を背けるように、青い月を見つめている。彼女も両手と両足を台座に括り付けられ、両サイドに束ねられた長い金色の髪がくしゃくしゃに絡まっていた。淡い水色のワンピースはボロボロで、見ていると居た堪れない気持ちになる。
真っ白い右翼しかない少年と、真っ黒な左翼しかない少女。
天使というには、何かが欠けている二人。
「ごめんなさい」
どちらからともなく零した言葉は、互いにしか聞こえないような、か細い声だった。それは、仲間への謝罪ではない。他の誰でもなく、処刑台に括りつけられた互いに向けた、懺悔の気持ちだった。
♰
二人は、天界の果実を守る番人でありながら、少女に誑かされ果実を外部へ持ち出した罪と、堕天した身でありながら天界の果実を欲し、口にした罪で、仲間たちに見守られながら最期を迎えた。
じくじくと、ネクサスの胸が熱をもって痛む。
これは、毒による苦しみなのだろうか、それとも……。
ふわり、湯気のように、意識が揺らぐ。
自分の存在も、掻き消えてしまいそうに思えてくる。
甘い、甘い天界の果実の蜜が入った砂糖菓子は、カップにたったひとつ入れただけで、ミルクティーをこの上なく甘い飲み物に変えた。いつも、ネクサスが好んで飲むミルクティーと同じくらいの───。
(そうか……僕は……天界の果実の味を知っている。何故……? 僕の世界では、天界の果実を口にすることはできなかったはずなのに。しかも、ずっと前から知っていたような……)
(それに、あの青い月の光……どうしてか懐かしい気持ちになる)
どくりと、重いものが、現実からネクサスを引き剥がそうとしている。
(僕は……何者なんだろう)
闇へ、落ちてゆく。ネクサスはそのままゆったりと、身をゆだねた。
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