第1話 箱庭の傍観者
箱庭ノ傍観屋 ◆ 箱庭の傍観者
僕は、生まれた瞬間から、箱庭を監視する神だった。
監視といっても、何かを罰するためでも、起こることを未然に防ぐでもなく。そんな権限も、能力も、僕には与えられていないようだった。
箱庭を映し出す水晶しかない世界で、ただただ、様々な箱庭の世界を眺めているだけの日々。
何の意味があったのか、自分の存在は何のためにあるのか、いくら時間を費やして考えても、わからない。
いつからか、考えることをやめていた。
箱庭の世界に触れることができないことも、受け入れた。
その瞬間から、箱庭の世界への興味をもてるようになったと思う。
水晶が見せる箱庭の住人たちは様々な変化をして成長していく。それを眺めることで、時は確かに流れていると知覚できる。
しかし、どれほどの時が流れても、僕は変わらない。
これからもずっとそうだと思っていた。
「御主人様」
「うん?」
鈴のような、可愛らしい声に振り返ると、天使の少女がそこに立っている。
フリルが贅沢にあしらわれた、真っ白い清潔なエプロン。紺色のクラシックなロング丈のメイドドレス。生まれて此の方、有害物質を浴びていない、真っ白でキメ細かい肌。しっとりと艶のある藍色の髪。
闇を閉じ込めたような深いグレーの瞳は、目の前の光景をただ映し出すばかりで、その様は箱庭を映し出す水晶に似ていた。
彼女は何故か僕のことを”ご主人様”と呼ぶ。メイド姿なのも、僕の趣味ではなく、元からだ。
彼女を送りつけてきた神の趣味なのかもしれないと考えて一人で納得していたものの、彼女の「過去」を見ると、少し違うらしい…。
「お紅茶をお淹れ致します…」
「ありがとう」
彼女は新しいカップを取り出し、淹れたての紅茶とミルクを混ぜ、砂糖を入れた。かなり手早い。どうやら、やっとこの世界になじんでくれたらしい。
前の世界でも下働きをさせられていたらしいが、生憎この世界にはあまりモノがないので、掃除洗濯などの家事と呼ばれる作業をする必要もない。
そしてなにより、いつまでも水晶を眺めて過ごしている僕の他に、人がいないのだ。
初め彼女は、何もすることがなくただ佇んでいただけだった。
それだけでも白い世界に彩りを加えるという役割を果たしてはいたのだが、彼女にとっては物足りなかったようで、何かにつけて指示を乞うていた。
そんな彼女を見かねて、お茶係に任命したのは、ついこの間のこと。
「やっぱり甘い紅茶はいいね。おいしい」
溶けきらないほどの砂糖によってドロドロとしている甘い紅茶を啜る。満足気に微笑みを浮かべる僕を、彼女はいつも、珍しい生物を観察しているかのような眼差しで見つめてくる。どうやら、僕の本心の言葉かどうか彼女なりに探っているようだ。
「御主人様のお役に立ちたいのです、何か私にできることはございませんか」
出会った当初は目が合う度、口を開く度、そればかり言っていた彼女は、
「よくそんな平気な顔をして飲めますね…やはり、ご主人様の味覚は異常です」
いつの間にか、はっきり物を申すようになっていた。
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