巡るたび
薄里 理杜
第1話
蒼空に薄煙が上がる。
わたしは、ぼんやりと『あなただった』煙を眺めてた。
長く、不思議な縁だったわね。
でも、あなたはいなくなってしまった。縁も切れてしまったわ。
思い出すの。わたしが、あなたと逢ったのはいつだったかしら。
流浪の旅をしていたの。
そこで一人の赤ん坊を見た。
これが、あなたとの出逢いの始まり。
あなたはぎゃんぎゃん泣いて、うるさいことこの上なかったわ。
お祝い事だからと、そのご両親が嬉しそうに話し掛けてきたのを思い出す。
でも、もう次の旅の目的地は決めていたの。
こんな賑やかなところ、わたしが長くいられるわけないじゃない。
それから。
突然響いた声に、旅先でわたしははっと我に返った。
祖母が孫に、お小遣いをあげている瞬間。
お互いに、幸せそうに笑う家族がいたわ。
そのとき分かったの。わたし、この子と出逢ったことがあるって。
わんわん泣いてた。うるさいと思ったあの赤子。
それが、あなただった。
恋かしら、愛かしら。わたし、そのときあなたに確かに運命を感じたの。
ご両親の許可を得て、あなたの家にいることを認めてもらったわ。
ひそやかに、あなたの成長を見守れた。それはとても幸福な時間。
でも、東京の大学に行くと決めたあなたの意志は硬かった。
たくさんの切り崩すものの中に、わたしが入っていることは分かっていたわ。
わたしは、とても悲しかったけれども、それをあえて喜びで包むことにした。
あなたの幸せ。わたしは泣いても笑って離れるわ。
もう二度と会うことはないわよね。
さようなら。さようなら。
旅がまた始まった。
長い旅。でも、本当に運命ね。
わたし、そこであなたの姿を見付けてしまったの。
嬉しかった。嬉しかったわ。だから、喜びに眼を凝らしてあなたを見たの。
そうしたら、ひどいのよ。
あなたには、奥さんがいて、子供が生まれたばかりで。本当に、幸せそうな顔して笑ってた。
うれしくないわ、うれしくないわ。
なによ、そんなににやけた顔をして。わたしはあなたがそのくらいの大きさだった頃を知っているのよ。
でも、あなたはわたしを歓迎してくれたから。全部、許してあげようと思ったの。
繰り返し。でも、それも終わりを迎えたわ。
あなたが定年退職して、ついに退職金と年金を貯金しながらで暮らすと聞いたから。
これでわたしも、慌ただしかったあなたの傍に寄り添える。
これからずっと、あなたと一緒ね。うれしいわ、うれしいわ。
これからは、ずっと一緒にいましょうね。
青空が広がる。細い煙が立ち上る。
この光景も、後悔はしていない。
わたしが『葬式代』となって、あなたが晴れた空へと向かったこの日のことを。
これが最後。
これが、あなたへの最後のわたしの使い道。
彼の誕生祝い『30011円』という存在が、ようやく終わる時が来た。
一万円札の時もあった。一円玉でしかない時もあった。
でも、どんな姿でも、わたしがあなたの所にいられたことは、とても幸せなことだった。
あなたがいないこの想いは、きっとすぐに消えてしまうけれども。
ああ、満足よ。幸福だったわ、ありがとうありがとう。
目を開けた時。
わたしは、まだ『30011円』だった。
彼の家族が傍にいて。
わたしは、彼の『生命保険金』となっていたのだ。
強く生きよう、彼の家族がそう言ったから。
やはり運命。
これからは、わたしが、あなたの大切にしていた存在を守ります。
最後に残ったあなたの思い出。
泣けないのに。涙が出るほど縁が切れなかったあなた。
愛しているわ、愛していたわ。ありがとう。
巡るたび 薄里 理杜 @koyoi-uta
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