第6話
「纏わりつくな。マジ、踏む!」
天使様の黒い制服のズボンを掴んだ僕に、天使様は目を剥いた。
でも色を抜いた金髪も、前をはだけた詰襟の漆黒も、僕を真っ直ぐ見下ろす、射抜くような瞳も。全てが雪と相まって神々しく、僕を温かく包んでくれた。
だって誰も、その天使様以外には誰も、僕に声をかけてくれる人はいなかったから……。
それに。僕にはその時はっきりと見えた気がしたんだ。その背後に。雪にそっと隠れるようにして広がる――大きな白い翼が。
「なんだよ、迷子か。お前」
僕の手を払って、呆れたように見下ろす。
唇を突き出して『マイッタな』というように頭を掻くと、周りを見回した。
「おっ」
小さく声をあげ、駆け出していく。それを悲しく見送って、僕は再び顔を伏せた。
「ほらよ」
すぐ間近で呟かれた声に顔を上げる。すると手に紙コップを二つ持った天使様が、傍らにしゃがみ込んでいた。
当然のように、湯気の昇る紙コッブを一つ僕に押し付けて、自分もそれを口に運ぶ。
「いいか。どんな理由があろうと、ガキを迷子にさせるなんてのは、親の責任だ。こっちから動いてやる必要はねぇぜ。捜させろ」
ニンマリと、悪戯っぽく笑ってみせる。
「でも」
言いかけた僕に、人差し指を突き立て、顔を近づけてきた。
「それから。泣いてたりしたらこっちの負けだぜ。つけ上がって、まるでこっちが悪いかのように怒り出すからな。ハッタリかますんだ。『オレは全然平気だったゼ~』みてぇな」
ククッと笑った彼につられて、僕もヘヘッと笑った。彼の真似をして、コップを口に運ぶ。
それは僕が飲んだどんなココアよりも甘くて、そしてあったかだった。
手が、寒さで震える。あたたかいコップを包み持つ手は温まったはずなのに、冷たさをいつまでも残すその指先は、震えていた。
「でもやっぱり、おこられるかも……」
僕の呟きに、天使様がカラカラと笑う。
「どうって事ねぇ。そんときゃ、俺が逆にお前の親を怒ってやんよ。『いらねぇなら、連れてっちまうぞ』ってな」
「ほんとっ!?」
目を輝かせた僕に、天使様がポンと僕の頭に手を置いた。
「ああ。『汝、案ずる事なかれ』だ」
意味が解らずキョトンとする僕に、ニヤリと笑ってみせる。
――もし。僕の〈初恋〉を挙げるとしたら、相手は男だけどこの瞬間だったと思う。
でも僕にとってのこの瞬間は、それよりももっと大切で、もっと特別な瞬間だった。
灰色の空から降り注ぐ、真っ白な羽根の欠片。
それは僕を包んで、そして目の前の笑顔は
その後僕達は、その場でいろんな話をした。
天使様は膝に頬杖をつき、決して楽しそうではなかったけれど、僕の話に「へえ」とか「ふん」とかの相槌を、時折打ってくれていた。
結局彼は、僕を捜して父が来てくれるまでの間、ずっと僕の傍にいてくれた。
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