第5話


 この遊園地でしゃがみ込んで泣くのは二度目だ。あれはいくつの時だったろう。両親が離婚する寸前だったから、四歳の時か……。




「真はあなたになついてるから」


「子供には、母親が必要だろう」




 低い声で僕を押し付け合いながら歩く、両親の背中が遠ざかる。僕がはぐれても、気づきもしなかったのだろう。




 ごめんなさい。いい子になるから。もうわがままなんて言わないから。だから、ケンカしないでェ……! 




 膝を抱えて泣きながら、僕は心の中で叫んだ。




 周りのざわめきが、遠くに聞こえる。




「迷子かしら」


「親は何してるんだ」




 遠巻きに囁く、大人達の声が耳に届く。




「見て見て、パパー」


「ママー、あれ乗りたいー」




 楽しげに叫ぶ、子供達の声も。




 寒さと寂しさに一際震えて……。余計に涙が溢れ出した。




 ――ごめんなさい。




 もう何に謝ってるのかも、解らない。しゃくりあげた僕は、ここがどこなのかも忘れて、わんわんと両親を呼びながら泣き叫んだ。 




「おい。ジャマだ、クソガキ。踏んじまうぞ」




 低く放たれた声。


 降りしきる雪の中。振り返ったそこに、僕は光り輝く『天使様』を見たんだ。








「ねぇお客さん。もしかして、迷子ですか?」


 囁く声に振り返ると、ここの従業員らしい男が一人、身を屈めて立っていた。歳は二十代後半くらい。帽子を目深にかぶり、眼鏡をかけている。




 夕闇の中。あの時と同じに雪と大きな観覧車をバックに立っているけれど、あの時の天使様とは、別人だった。




 ――そうだよね。




「迷子に、見えますか?」


 僕もう、十七なんだけど。と心の中で呟きつつ、涙を拭う。


「いやぁ、どうだろう。微妙かな」


 クスクス笑った男は、フワリと手を泳がせながら後退った。




「でもねぇ」




 手を口元に添えて、内緒話でもするように囁く。


「そんなトコでしゃがんでると、誰かに踏まれますよ」


「――えっ?」


 観覧車の方へと歩いて行く男に、ガバッと立ち上がる。




 この人は、天使様じゃない……!




 グッと掌を握り締め、自分に言い聞かせる。


 でも足は、観覧車へと踏み出していた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る