第4話
「それから……」
――言わなければ。
あの時は、飛び込んでしまったけれど。今度はちゃんと、言わなければ。
「それから、今までありがとう。ごめんッ!」
叫ぶように言った僕に、一弥が目を剥いた。ポケットから出した右手で、ガシガシと茶髪の頭を掻く。
「――なんだ、それ」
手の下から鋭い瞳を覗かせて、低く言う。
「何なんだよ、その台詞はよぉ」
心を射抜くような、無遠慮な眼差し。この期に及んで、僕の胸はドクンッと高鳴った。
この心臓が、憎らしかった。
「……だって……」
だって。この頃ずっと、つまんなそうにしてるじゃないか。二人でいても、昔のようには笑ってくれない。
いつもイライラして、舌打ちばかりしてるよ。
「一弥、僕といても楽しくないでしょ?」
「お前はどうよ?」
ハッと言い捨てて唇の片端を上げた一弥に、視界がぼやける。
「ごめ……」
心臓が痛い。涙は溢れて視界を歪めるのに、そのくせ頬を伝いはしなかった。
奥歯を食いしばるようにして僕を見据えていた一弥が、苛立ちを吐き出すように白い息をついた。
「……判ったよ。じゃな」
背中を向けた一弥が、後ろ手にブンブンと手を振って歩き出す。
少し歩いてゆっくりと振り返った彼は、何かを言いかけて留まり、暫くの沈黙の後、口を開いた。
「でっかいお世話だろうけどな、お前。今すっげぇブサイクだぞ」
呆れた声で、僕を指差して言う。愛しい響きに心が反応して、幻の
「ホント、でっかいお世話だッ」
鼻に皺を寄せ、フンと返す。
軽い悪態。こんな事がひどく懐かしい。付き合いだした頃は、よくこんなやり取りをしていた。
いつからだったろう、こんな言葉すら出なくなったのは……。
ニヤリと、僕の大好きだった笑顔を浮かべ、背中を向ける。二度と振り返る事のない後ろ姿が雪に霞む。それを見送る僕の足元が、グラリと揺らいだ。
「……ふっ……!」
口を両手で覆い、しゃがみ込む。流れてくれないと思っていた涙は、既に幾筋も頬を伝い、地面へと落ちていた。
『天使様、たすけて』
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