第3話



 波瑠は森をひたすら歩いていた。

 否、実際気持ちは全力疾走。客観的に見ればそれは歩行速度に近かった。

 しかし、ここで歩みを止めてはならない。止まったら殺されると理解していたからだ。



 それは突然だった。

 いつもの部屋で朝を迎えると、突然大神官に部屋から出るよう促されて、そのまま馬車で森まで連れられてきた。

 初めて乗った馬車は揺れが酷かったが、それ以上に同乗した大神官の秘書が無言でとても居心地が悪かった。

「到着しました」と言われ降りた場所は森の入り口。

 そのあと「それではお達者で」とにこやかな秘書さんの笑顔を残しここに取り残されたのだった。



 そこまでは良かった(いや、よくは無い)


「ああ無能な私は捨てられたんだな」と理解はした。

 もちろんここが何処だとか、これから何処に向かえば良いのかなんてわからない。

 ただただ時間だけが過ぎてすでに黄昏時だ。

 それでも息が切れるが、病気の時の息苦しさが無い。それがどんなに幸せか、外を歩けている事が嬉しかった。




 そんな中、どこからともなく馬の嗎きが聞こえ地響きのように近づいてくる音がした。



 直感で「これは危険だ」と判断し物陰に隠れた。

 すると数頭の馬を連れた男たちが目をギラつかせて何かを探している。




「いたか!?」

「いや、いねー!!女の足だ!そこまで遠くには行ってねぇだろう」



 ガサツな声で話をしている。

 波瑠は身を縮こませ息を潜めた。



「ったく!あの笑顔のにいちゃんもエゲツねぇ事いうもんだな」

「"黒髪の女を森に放ってきたから好きにして良いが最後には殺せ"って俺たち盗賊よりタチが悪りぃ」

「どっかの貴族の隠し子かもしれねーな」

「死んでほしいほどの身分差つーわけだな!」



 ガハハハと笑う声が森に響いた。

 波瑠はドキドキする胸を抑えて、身を隠しながら男たちから遠からずように地面を這う。

 あの人たちが探しているのは自分だと嫌でもわかった。

 見つかったら殺される。

 せっかく異世界でも自分らしく生きられると思ったのに。



 彼らの姿が見えなくなると波瑠は自分のできうる最高速度で森をかけたのだった。




 * * *



「ここは、どこなの....?」



 黄昏だった時刻は遠にすぎ、今は暗闇だ。今日は満月だったようで、月の光が辛うじてあたりを照らしてくれる。

 波瑠の体は限界でズルズルと地面に倒れこんだ。



「疲れた」



 疲労と眠気と恐怖で心はすでにボロボロだ。

 せっかくの健康体。

 それでも夜通し歩くなんて無理だ。

 自分の訳のわからない人生に嫌気がさした。

 それでも、生きていれば何とかなる。

 そう思って波瑠はそのまま意識を手放した。







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