第2話
「波瑠殿....お前は本当に聖女なのか?」
「....すみません」
異世界召喚されて1ヶ月が経過した。
波瑠の立場はこの1ヶ月で大きく変わっていた。
「もう一度やってみろ」
「...はい」
召喚を命じたという第一皇子で王太子殿下のククリの声で波瑠は両手を前に伸ばしてみる。
「ヒール.....っ!!」
回復魔法と言われる呪文を唱えた瞬間グラリと目眩が起こった。意識が分散して腕が重力に抗えず落ちる。それをみた大神官は眉を潜めたまま大きなため息を吐いた。
「話にならんな」
「....すみません」
追い討ちをかけるように大神官は舌打ちをするとそのまま部屋から出て行った。
波瑠は肩の力を抜いて俯いた。
この1ヶ月、何度も試しても魔法が使えない。
もともと魔法なんて本の中だけの話だった波瑠にとって、いきなり「魔法を使え」というのも酷な話だとは思うがこの国の人達はそれを期待していた。
そして何度試しても何もできない波瑠に、日を追うごとに皆が冷たく当たるようになっていた。
焦りばかりが募っていく。
その時、ベット横で腰掛けていたククリは波瑠の手をそっと握った。
「大丈夫かい?」
「すみませんククリ王太子殿下」
皆が冷たくなっていく中で、このククリだけは常に優しく接してくれた。
波瑠はククリの前でだけ気を抜けるようになった。しかし申し訳なさといたたまれなさは常にある。
謝罪をする波瑠に、ククリは困ったように眉を下げて微笑んだ。
「いいんだよ。君は僕の妻になる身なんだから。せめて僕にだけ甘えて」
「...ありがとうございます」
「僕ももう行くけど、あまり気を落とすんじゃないよ」
手を離しそっと頭を撫でてからククリは部屋から退室した。
波瑠は泣くまいと下唇を噛んだ。
* * *
「まったく!波瑠殿にも困ったものですな!」
大聖堂の廊下を大声を出しながら歩くのは大神官だ。
その後ろを秘書の男が付いていく。
「歴代の召喚された聖女さまは、召喚されて即座に癒しの力を使えたというのに」
「絶世の美女だという話でしたが、波瑠殿は珍しい黒髪と言うだけで平凡ですよね」
「まったくだ!」
イライラを隠すこともせず大神官は唸る。
最近まで、ここシーズル王国では王位継承争いが起こっていた。
その後、ククリが次期国王に内定し落ち着いたが未だそれに反発する輩も少なくない。
自然豊かといえば聞こえは良いがシーズル国の情勢は安定したとは言いがたい。
これといった主要特産物も無ければ武力分野でも劣っている我が国は、大国である隣国のリセッタ王国の脅威から逃れるためにも聖女の力を保有し優位に立ちたかった。
希望とも言えた聖女がまったく役に立たないというのが癪に触る上、今後の計画が台無しになった。
大神官は意識を戻すと目の前を歩く男に声をかけた。
「いかがなさいますか」
前を歩いていた男は優雅に立ち止まると、窓の方を見やる。その目は何も映しておらず大神官の体は無意識にこわばった。
この国で最も優しく、そして最も冷酷な男。
「使えない聖女はこの国に不要だ」
ククリの冷たい声が廊下に響いた。
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