第47話 別の道
「グレイフィールよ、『それ』はいったい……なんだ?」
魔王がその一言を発すると、ようやく周囲は我に返り、グレイフィールも『魔法の鏡』についての説明をはじめた。
「これは……私が作った魔道具です。物体の転移装置兼、遠隔望遠鏡で、音声入出力を可能にするため、意思をもたせることにしました。核に、空間魔法に秀でた『人間の魂』を利用しています」
「ふむ……なるほど。お前もワシと同じ、無機物を操る能力を有しているのだったな」
「はい」
魔王ゼロサムと、その息子グレイフィールは牛鬼の魔族だ。
牛鬼の魔族の特性として、彼らには無機物を操ったり転移させる能力がある。
魔王城を作ったり、その塔の一部を作り替えたりしているのもこの能力だ。
また、武器を瞬時に召喚することもできる。
ゼロサムは二振りの大剣を、グレイフィールは無限の槍を得物としているが、彼らはすでにできあがった武器を手元に呼び寄せているわけではない。毎回、一からその場で作り上げているのである。
「これはその力を応用したというわけか。しかし魂まで操るとは……器用なことよ」
「この鏡を作ったのは、母上がまだ存命だった頃です。孤独な母上のために何かしてさしあげたい……気晴らしに人間の話し相手でも作ってみようかと、そう思い、このような能力に目覚めました」
「ほう」
意外だと言うように、魔王が魔法の鏡を見る。
「我が妻、セレスのために……か。だが、今はお前自身が使っているようだな」
「はい」
「人間の魂が……よくお前の言うことを聞いたな」
「この者はすでに死んだ後でしたので。第二の人生を送れるとわかったら、素直に受け入れました。母上という人間のために呼ばれた、ということも大きかったのでしょう」
「ふむ……」
魔王はもう一度じっくりと魔法の鏡を見た。
「生前は、空間魔法に秀でた人間だったということだが……」
しかし、めまいを覚え、魔王は深く息をつきながら背中のクッションに体を沈みこませる。
慌てて側にいた執事モールドが駆け寄ったが、魔王は目を閉じたままそれを制した。
「いい。大丈夫だ。これが息子との最後の会話になるかもしれんのだ。多少は無理を押す」
「魔王様……」
「その鏡は、人間の肉体を捨て、魔界の無機物と合成されたことで……異様な魔力を帯びることになった。そして……我が城の中でもお前を転移させることができたと、そういうわけか」
「ええ、その通りです。父上」
グレイフィールは父親の視線の先にある魔法の鏡を、同じく見やる。
その鏡面には、相変わらず身の置きどころをなくしているヴァイオレットがいた。
「鏡よ、イエリーがまだ物見の塔にいるだろう。やつもここへ呼べ」
「ええっ!? で、でも……」
突然そんなことを命じられたヴァイオレットは慌てた。
自分ですらここに来ることを躊躇していたのに、イエリーだったら失神してしまうのではないだろうか。ヴァイオレットは試しに塔にいるイエリーを見てみたが、案の定、話を聞いていたイエリーは顔面蒼白になっていた。
「いいから、問答無用で連れてこい。私の状況を説明するために必要なことだ」
「ほんっと……冷血王子様ね。わかったわ!」
ヴァイオレットは気が進まなかったが、しぶしぶイエリーをこの場に転移させた。
強引に連れてこられたイエリーは、鏡の中から放り出されると、すぐにグレイフィールにすがりつく。
「ちょっ! グレイフィール様! こんなのないっスよ~! 自分はただ商売してるだけじゃないっスか! 魔族と人間の戦に、とかそんなことにかかわるつもりは……」
「黙れ。今より商売がしやすくなったらお前も嬉しいだろう? もっと儲けたいなら黙ってそこにいろ」
「は……はいぃっ!」
儲け、と聞いて目の色が変わったイエリーはジーンの隣にすばやく移動した。
「その者は……?」
「この鏡を使って、私は今まで魔道具の売買も行ってきました。その取引先の道具屋のワーウルフです」
「ほう。
「はい」
しばらく魔王は無言になった。自ら言ったことを反芻しているようだ。
引きこもっていた間、息子が何をしていたのか。その行動に思いを馳せ――また口を開く。
「なるほど。今の話でわかった。お前は、その『別の道』とやらを探ることも、それでしていたのだな」
「はい……。商売を通して利害関係を結べば、魔族と人間が和睦することも可能だと気づきました」
「フン。甘いな。だがお前を含め、若い魔族たちはその『戦以外の道』を選ぶようだ。その道を……お前が先導するのもいいかもしれん」
もう一度深い息を吐いて、魔王はグレイフィールを見つめる。
「ワシはもうまもなく死ぬ。人間界を滅ぼそうが、和睦に向けて動こうが、あとは残っている魔族たちが決めることだ。そして、お前がその魔族たちを取りまとめるなら、ワシもお前に、託す……」
本当に、命の期限が迫っているようだった。
諦めにも似たその発言に、グレイフィールは苦い表情を浮かべる。
「父上……。私は魔王を引き継ぐことはいたしません。ですが、必ずや魔界に幸福をもたらしましょう。ふたたび人間たちと友好的な付き合いができるよう、尽力いたします。そうなった暁には、父上にもぜひその世界を見ていただきたい。ですからそれまで、諦めないでください」
「グレイフィール……しかし……」
「父上の呪いも、どうにかして解いてさしあげます。あなたには……もう一度会わせたい人がいるのですから」
「……?」
グレイフィールは魔王の枕元に膝をつくと、右手でその大きな手を取り、左手で片眼鏡に魔力を注いだ。
「《鑑定》」
魔王の体内をめぐる魔素の流れが透けて見える。
ほとんどは通常通り外気から体内に流れ込んでいるが、心臓の付近だけ流れがおかしくなっていた。
赤い魔素が心臓を取り囲み、不自然な動きをしている。計測すると徐々にその心拍数は落ちているようだった。
「やはり……父上の心臓と、あの人間の国の宮廷魔術師の心臓が連動している……。この呪いを解くには、術者自身に解呪してもらうか、術者が死ぬ瞬間になんとかして介入し接続を切るしかないな……」
苦々しい口調でそうつぶやくと、魔王がその片眼鏡を見て言った。
「グレイフィール……今、それで何をした」
「ああ、これは……これも私が作った魔道具です。もともと我ら牛鬼は、万物の魔素の流れをなんとなく感知する能力がありますが、これはそれをより精密に、はっきりと見えるよう、補助・矯正するものです」
「フッ……まったく、お前はいつの間にそのような……技能を……」
魔王はそこまで言うと、口元に軽く笑みを浮かべたまま意識を失った。
「魔王様!」
「父上!」
モールドをはじめ、周囲にいる者たちはあわてて声をかける。
だが、魔王はもう目を覚まさなかった。いよいよ呪いをかけた術者自身の体力が低下しているらしい。グレイフィールは立ち上がると、こぶしを固く握りしめた。
理屈はわかっても、その呪いを解く具体的な解決策までは見つけられていない。
その焦りがグレイフィールの胸をしめつけた。
「グレイフィール様……」
吸血鬼のメイド、ジーンがそっと近寄ってきて、心配げに見上げてくる。
「さっき、魔王様にお会いさせたい方って……」
「ああ、今、お前が考えている通りの人物で合っている。だが今は、まだ……」
「ええ。そうですね。早くすべてが良くなって、そして……会わせて差し上げたいですね……」
それはグレイフィールの母であり、魔王の伴侶であったセレスの生まれ変わり――今はネスと偽名を名乗っている少女のことだった。
モールドだけは誰のことかわからず首をかしげているが、他の者たちはみなネスのことを思い出している。
鏡の精ヴァイオレットは、深い眠りに落ちた魔王を見て、ひそかに決意した。
(これは……アタシがちゃんと過去と向き合わなきゃいけない時、みたいね……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます