第34話 転生後の想い人
「この老人が、転生後の人物なんスか!? って、あれ? これ、さっきの村人じゃないっスか? こんな探し方もできるなんて……ああ~、マジですごいっス! そうだ、この鏡の精さんにあれをああしてもらえたらきっと……ぐふふふ……」
ヴァイオレットの驚異的な捜査力を目の当たりにして、イエリーは急に下品な笑い声をあげはじめた。
きっと商売におけるあらぬ妄想でもしているのだろう。
グレイフィールはイエリーのたくましい商売っ気に呆れつつ、ジーンに向き直った。
「ジーン。こやつを知っているな。たしか名を……」
「あ、ええと……そうですね! サノ……いえ、サミー……さんだったかな?」
本名を忘れてしまったのか、ジーンはそう言いながら苦笑いを浮かべている。
「はあ……こやつは、たしか『サムス』だったはずだ。川のことをやけに気にかけていた。それは、『ウンディーネと前世で因縁があったから』だったようだな。よし、ではすぐにこの者を呼べ」
グレイフィールはヴァイオレットに指示して、さっそくサムスという老人を召喚した。
鏡を通じて、件の人間が目の前に現れる。
禿げ上がった頭をつるりと撫でて、サムスは周囲をきょろきょろと見回した。
「んんっ? ここはいったい……?」
グレイフィールたちの姿を認めると、とたんにサムスは声を荒げた。
「あっ、お前ら! なんじゃ、こんなところへわしを連れてきて。お前らは魔法使いだったのか!」
「まあ、魔法も一応使えるが……正確にはこの魔道具でお前をここへ呼び寄せた」
グレイフィールはそう言って、すぐ近くに浮いている魔法の鏡を指し示す。
サムスはいぶかしげな瞳でそれを見ていたが、やがて納得したように深いため息を吐いた。
「はあ……まったく。川の洪水を止めるという話じゃったがなぜこんな場所にいる」
「まあ、いろいろとな。すでに日も暮れた。洪水は回避できたと実証されたと思うが?」
「そうじゃな。しかし、『どうやって』それを防いだんじゃ」
「災害を引き起こしていた張本人を捕まえた。……ウンディーネ、水の精霊が犯人だった」
「なんじゃと!? 水の精霊?」
グレイフィールがちらりと背後の球体に目を向ける。
その中には砂と水がたっぷりと詰め込まれていた。
サムスは思わず目を見開く。
「これは……いったいどうなっとるんじゃ。まさか、神様をここに入れたのか!?」
「神様……。お前たちがこれをどう呼んでいるかは知らんが、とにかく洪水を起こしていたのはこやつだった。ここに閉じ込めている限り、もうこの世界に干渉することはない」
「なにが、どうなっておるんじゃ。なんで、神様が……」
動揺しきっている老人に、ジーンがおずおずと声をかける。
「あの、村人Aさん……」
「だから、サムス! サムスじゃ! ……ん? おお、さっきの娘っこか」
「はい。ジーンと申します。あの、そちらのウンディーネさんなんですが、どうやらあの川底にあった砂金が大事な人との思い出の品だったようで。で、それが盗られると毎度悲しまれて……それで洪水を起こしていたそうなんです」
「なるほど、の。やはり神様の怒りを買っておったか」
うんうん、と神妙な顔でうなづいているサムスに、ジーンはさらに説明を続ける。
「はい。それで、そのウンディーネさんの大事な人っていうのがですね、その……大昔に亡くなられてまして。でも実は、現代に転生されているってことが先ほどわかったんですよ……」
「ん? 転生?」
「はい。ウンディーネさん、わたしたちの呪いを解く代わりに……その人に会いたいとおっしゃって」
「ん? よう、話の主旨がわからんのじゃが……」
小首をかしげつづけるサムスに、球体の中から声がかかる。
『サテロ……サテロなの?』
「は?」
ぎくりとしたように振り返ると、球体の中の水がぐるぐると渦を巻いていた。
砂を巻き上げてそれは竜巻のように回転している。
余白がまるでないために、ウンディーネは今は人魚のような形状をとっていられないようだった。
サテロ、というのが想い人の名であるらしい。
興奮したような声音で、ウンディーネはもう一度その名を呼ぶ。
『ああ……サテロだわ! サテロ!」
「いや、じゃから、わしにはサムスという名が……ああああぁ~っ!」
ジーンに加え、川の神様からも名前を間違われたサムスは、ついにがしがしと頭を掻きむしった。
といってもそこに髪は無く、ただ皮膚をひっかいただけだったが。
「お前が、ウンディーネの想い人の生まれ変わりだそうだ。せいぜいそのことを光栄に思えよ……サテロ」
「サテロって……! じゃからお前までっ!」
意図的にその名を口にしたグレイフィールに、サムスはくわっと牙をむいた。
だが、この場にいる者のうち、サムスの味方になってくれそうな者は一人としていない。
そんな中、ウンディーネは相変わらず嬉しそうにサムスにつぶやいていた。
『ああ、そうよ。ええ。記憶はないのでしょうけど……わかる、見えるわ! 魂が、はっきりとあの人だもの! ちゃんと優しい、あの人の魂よ……!』
精霊にはどうやら他の生き物の魂が見えるようだ。
球体の外には出られなくても、ウンディーネは視覚でサムスがサテロの生まれ変わりだと理解したようだった。
「では一件落着だな。帰るぞ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「そ、そうっス。このままこの水の精霊さんもサムスさんもここに置いていくつもりっスか!?」
グレイフィールの唐突な帰還宣言に、ジーンとイエリーが思わず突っ込みをいれる。
グレイフィールは少し考えた末、うなづいた。
「ああ」
「って! そんなことしたらサムスさんも干からびて死んじゃうじゃないですか! どうせ死んじゃうなら、せめてわたしに血を……って、もがもが!」
「このメイドさんは置いておいて――。せめてサムスさんは元の村に返してあげた方が良いんじゃないっスか? だって、なんも悪いことしてないですし」
うっかり願望を言ってしまったジーンの口を塞ぎつつ、イエリーがそんな申し出をする。
グレイフィールは真顔のまま「それはウンディーネ次第だな」と言った。
「ぷはっ……う、ウンディーネさん次第? それって、どういう……」
イエリーの手をようやく払いのけたジーンが訊き返す。
グレイフィールは軽く目を閉じると、もう一度宙に浮いた水の球体に話しかけた。
「ウンディーネ……さあ、お前の望みは叶えた。だがお前は、このままこの砂漠で消滅させる。別の場所に転移させたり解放することはない。しかし……この者はどうする? 望みとあらば、お前が消滅するまで側に置かせるが」
『……』
ウンディーネは考えているようだった。
ようやく会えた想い人を前にして迷っている。
できれば最後まで共に居たい。でもそうしたらこの者も道連れにしてしまうことになる。
『いいえ、サテロは……サテロだけは元のところに戻して。一度でも会えたから、いい。彼まで一緒に死ぬことはないわ』
「そうか。わかった。……では、鏡」
グレイフィールがまた命令を下そうとすると、そこに待ったの声がかかった。
「待て! 待ってくれ! いったいどういうことじゃ」
『え? サテ……ロ?』
「川の神様を、ここで消滅させる……? そんなこと、どうしてできるんじゃ!」
怒りに満ちた顔でサムスがグレイフィールにつめ寄る。
しかし、グレイフィールはひどく冷めた目でサムスを見下ろすだけだった。
「どうしても何も。解放したらまた私たちが呪われるからだ。お前に会わせるという約束の元、呪いを解除させた。それ以外の交換条件はない」
「くっ……。だとしても神様、神様じゃぞ!」
「お前たち人間も、神と崇めているくせにこの者に洪水を起こされて……実際どう感じた? 本当は迷惑していたんじゃなかったのか? それなのになぜ、ここまでこの精霊をかばう」
グレイフィールは心底わからぬと言った表情で訊いた。
「わしにも……わからん! じゃが、もう砂金は全部取り尽くしたのじゃろ? お前たちが最後なんじゃろ? だったら、もう洪水は起こらぬはずじゃ。じゃから……! じゃから! 神様を消すなんて、言わんでくれ」
『サテロ……』
小さく、そして感激しているような声が、球体の中から聞こえてくる。
おそらく前世の魂がサムスにそのような言葉を言わせたのだろう。その変わらぬ熱き想いに、ウンディーネは心打たれたようだった。
「頼む。もう一度あの川に戻してやってくれ。お願いじゃ! なあ、川の神様……お前さんももう誰かに呪いをかけたりはせんよな? そう、そう誓ってくれ。なあ頼む!」
『サテロ……。ええ。あなたが、あなたがそう望むなら、わたしは……』
「あの、グレイ様」
ジーンもグレイフィールに懇願するように見上げる。
グレイフィールは深いため息をつくと、片眼鏡の縁を押さえた。
「鑑定」
わずかに魔力を流して、そのままウンディーネとサムスを眺める。
片眼鏡には嘘発見器の機能もついていた。
それによると二人とも――。
「嘘はついていない、か。……わかった。ではこのままお前たちを元の川に戻す。そしてもう二度と会うことはないだろう」
『ああ、あああっ……!』
「本当か。本当にそうしてくれるか! ああ、良かった。良かったなあ、川の神様!」
グレイフィールの決定に、ウンディーネとサムスは喜びの声をあげた。
ジーンも、イエリーもヴァイオレットも、そのなりゆきを微笑ましく見守る。
ウンディーネはそうして、サムスと共に球体のまま元の川に戻された。
ヴァイオレットは仕事を終えた途端、得意気に言う。
「二名とも、しっかりちゃあんと送り届けてきたわよっ! さあっ、アタシたちもとっとと帰りましょ~~~!」
グレイフィール一行も順に魔法の鏡を潜り抜けていく。
着いた先は、いつもの魔王城の離れの塔。
グレイフィールは<魔法のトランク>を床に置くと、さっそく砂金の加工をはじめたのだった。
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