第33話 大気保存装置
「では契約成立だな」
グレイフィールはそう言ってニヤリと笑う。
そして、水たまりから出てジーンたちの元へと戻った。
『……最初に、あたしがあなたたちの呪いを解けばいい? そうしたら、あの人に会わせてくれる?』
「ああ。約束しよう」
ウンディーネの問いにグレイフィールが答えると、ウンディーネは右手をゆっくりと上げ何事かを小さくつぶやきはじめた。
しばらくしても何も起きない。
特段自分たちの体に変化が起きたとは思えなかったが、グレイフィールはウンディーネが呪いを解いたと信じることにした。
『早く。呪いはもう解いたんだから、早くあの人に会わせてよ! お願い!』
ウンディーネはそう必死で懇願してくる。
よっぽどその者に会いたいらしい。
「……わかった。ではヴァイオレット、このウンディーネの望む相手を見せてやれ」
「はいはーい。じゃあええと、水の精霊さん? アタシにそのイメージを送ってくれる? 思念を受け取ったらすぐにアタシの魔力で探してあげるから――」
にこにことそう言っていたヴァイオレットが、突然真顔になる。
「ん? んん~~?」
「どうした、鏡」
「え、えっと………」
グレイフィールが問いただしても、バイオレットはあわてたそぶりで鏡の中をうろうろするだけだった。
「ど、どうしましょ。たしか、金が採れてたころに出会ったって言ってたわよねえ。それってアタシが生まれる前……? ってことは必然的に大昔ってこと……?」
「おい、鏡」
「ひゃいっ!?」
「さっきからなにをブツブツと言っている」
グレイフィールはにらみを利かせる。
ヴァイオレットは申し訳なさそうに言った。
「あ、あ~、ごめんなさい。一応探してみたんだけど……そちらの方の想い人さん? もうとっくに亡くなってるみたいなの」
「……は?」
その言葉に、その場にいる一同が全員目を見開く。
「ど、どういうことですかヴァイオレットさん! そんな……もう死んでるって!」
「あっちゃー、そりゃあマズイっスねえ。まさかもう故人とは……」
「はあ。人間は、短命だったな……それならば仕方がない」
皆、一様に肩を落とす。
ヴァイオレットはそんな空気にお茶目に笑ってみせた。
「……て、てへっ☆ というわけで、ごめんなさいね。アタシもさすがにあの世までは映せないの~~~。死後間もなかったらギリギリ転生前の魂を呼び戻すこともできるんだけどね――」
『そ、そんな……。騙したわね!!!』
ぶるぶるとウンディーネが震えだすと、またもやその右手が上がった。
しかし、すぐさま何かがバシュンと消える音がする。
「んっ、何の音ですか? これ」
ジーンがきょろきょろと辺りを見回して不思議そうに首をかしげる。
ウンディーネは愕然としながらグレイフィールを見た。
『の、呪いが効かない……? あなた、何をしたのっ!?』
「何をした、か? フッ。二度同じ攻撃は喰らわぬ。さきほどお前から離れる時、お前を中心として半径五メートル付近のみに薄い【真空の層】を構築した。お前たち四大元素の精霊は、空気中に含まれる元素を媒介として対象に干渉する。であるならば……その伝播を断てばいいのだ」
『くっ……!』
ウンディーネはさらに何度も右手をあげたが、相変わらずバシュンバシュンという音しか聞こえてこなかった。
ジーンはちらりとグレイフィールの手元を見る。
すると、そこには奇妙な白いペンが握られていた。ちなみにその先端はウンディーネの方に向けられている。
「あれ、グレイフィール様、それなんですか?」
「ん? これか? これは【大気保存装置】だ。使用者の魔力で、任意の大気を真空の膜で隔離する。主にその土地の大気組成を調べるための採取キットなのだが……まさかこういうことに役立つとはな。いろいろと準備はしてくるものだ」
「ええっ? それもまさか、グレイフィール様が作った魔道具なんですか?」
「そうだ。ちなみにこうして圧縮させることもできる」
グレイフィールがそのペンにさらに魔力を注ぐと、ギュウンと一気にウンディーネの周囲の空気が縮んだ。
真空の膜の中はウンディーネの水分と、その下にある砂漠の砂だけとなる。そしてその直径は約二メートルほどと小さくなった。
『なっ、こんな……狭いところ……。だ、出して! 出してよ!!』
膜の中でウンディーネはギャーギャーとわめいているが、どうやら自力では脱出できないようだった。
グレイフィールは満足そうに笑う。
「無駄なあがきは止せ、ウンディーネ。私の魔力が解除されない限り、その膜もまた解除されない。呪いが解けた今、お前にもう用はない。このままこの土地でゆるやかに蒸発していくがいい」
『くっ……! ゆ、許さない……あの人と会わせるつもりすらなかったなんて! ううっ、うううう~~~~っ!!!』
バシャンバシャンと膜の中で水が暴れ回る。
下の砂と混じって、その中はひどい茶色になってしまった。
ジーンはそれを見ていたたまれなくなり、グレイフィールに進言する。
「あのう、グレイフィール様……あれじゃウンディーネさんが可哀想すぎますよ」
「何だと?」
「だって……あの方はずっとあの川で、好きな人との思い出を噛みしめて生きてきたんですよ。あの砂金とともに。でも、それをこっちの都合ですべて奪い取ってしまって。しかも呪いを解くためだけに、この砂漠まで連れてきてしまって……」
「何が言いたい、ジーン」
「ですから、もう少しあの方の立場になってあげてください。こんな仕打ちあんまりですよ。あのグレイフィール様。ちなみにこれからどうするつもりだったんですか?」
グレイフィールは少し黙ったのち、淡々と答えた。
「このままこのペンごと放置する予定だった。明日の正午には私の魔力も切れて、真空の膜も消え失せるだろう。そうすればこやつは強烈な日差しの下、乾燥しきって消滅する。これで万事解決だ」
「ぐ、グレイフィール様……」
その回答にジーンのみならず、イエリーやヴァイオレットまでが白い目となった。
グレイフィールは不服そうにつぶやく。
「なんだ、何が不満だ」
「不満っていうか、やっぱりひどすぎます! さすが魔王様の御子息、であらせられますね……。なんかこう、ないんですか? 彼女も満足できる方法が」
「そうは言っても、目的の人物がすでに死亡しているからな。どうやっても会わせることはできんだろう」
「ですよねえ……。うーん」
ジーンはうなりながら、ウンディーネに訊いてみた。
「あの、ウンディーネさん。申し訳ないですけど、そのお相手ってどこに住んでた、とかってわかりますか? どういう方だったのかだけでも教えていただければ……」
『……』
ウンディーネは完全にすねてしまったのか、黙ってしまっている。
ジーンはせめてその人間の特徴だけでもわかれば、墓ぐらいは調べてあげられるのではと考えていた。
しかし、ウンディーネからの返事は相変わらずない。
「どうしますかねえ、これ……」
腕組みしていると、鏡の精のヴァイオレットが発言する。
「あのー、その人にはもう会えないけど、転生後の人間なら探せるわよ?」
「え?」
皆の視線が一点に集まる。
ジーンは大鏡に駆け寄った。
「て、転生後!? そんな人も探し出せるんですか!?」
「ええ……。厳密には前世の記憶とか持ってないことが大半だから、別人、ってことになっちゃうけどね。でも探し出せることは探し出せるわ。どうする?」
「す、すごい……。う、ウンディーネさん、だそうです! どうしますか!?」
ジーンがくるっと振り返ると、ウンディーネは狭い球体の中で考え込むそぶりをした。
『本人じゃあないのね……。でも……』
「魂は、同じよ。そのせいで面影が残っていることも多いわ。それでもいいなら、だけど」
『……』
グレイフィールは小さくため息をつくと言った。
「私はもうこれで帰ってもよいのだが、こやつらは、お前のことを思ってまだどうにかしてやりたいようだ。さあ、どうするウンディーネよ」
『あなたにそう言われると、シャクだわ……。でも、会うだけ会ってみたい』
「そうか……。では望み通りにしてやれ、鏡よ」
「はいはーい!」
ヴァイオレットは元気よく返事をすると、さっそくゆらゆらと鏡の表面をゆらめかせた。
そしてそこにとある人物を映し出す。
それは……あの近くの村に住んでいる老人の、サムスだった。
「ええっ!? む、村人Aさん!」
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