第18話 メイドの進言

「こぉらっ、このぼんくら王子!」




 いきなり映像が途切れたかと思うと、ヴァイオレットが叱り飛ばしてきた。




「叫んだらこっちが覗き見しているのがバレちゃうじゃないの! あ、でも幸い……こっちから向こうへの音声接続は切れてたわ。うっかり聞こえてなかったら良かったけど……んもう、あとは黙って見てなさいよ!」


「あ、ああ……」




 グレイフィールがしぶしぶ口を閉ざすと、映像がまた<魔王の謁見室>に戻る。


 執事長に嘘で言いくるめられたジーンは、いまにも全て話し出してしまいそうだった。


 グレイフィールがジーンを追い返すためにキスをしたこと。


 そしてそれが発端で、捕食されると勘違いをしたジーンが吸血衝動にみまわれるなど、数々のトラブルが発生したこと。


 そして、これが一番知られるとまずいことだが……グレイフィールが魔族なのに人間たちと友好的な交流をしたいと願っている、ということ――。



 それらを知られると思うと、グレイフィールは気が気でなかった。


 もし知られたら、それをネタにどんな干渉を受けるかわからない。


 しかし、ジーンはグレイフィールの不安とは裏腹に、そういったこととはまったく別のことを言いはじめた。




「執事長、魔王様……。報告をきちんとしなかったこと、この場で深くお詫びいたします。ですが……今後もこのお仕事を、どうかわたし一人に一任していただけないでしょうか!」


「何……?」




 その場にいた誰もが、彼女の言葉に驚いていた。


 ジーンは強い意志のこもった目で、前を見据えつづけている。




「わたしはかならずや、グレイフィール様を次の魔王様にしてみせます! あの方はいずれこの魔界を背負って立つお方……あんなに素晴らしくてすごい才能をお持ちなのに、あのままあの塔に眠らせつづけておくなんてもったいないです。どんな方法を使ってでも、わたしはかならずあの方を魔王様にしてみせます。ですのでどうか! どうかわたしにご一任ください! お願いいたします!」


「いや……そうではなく……報告を、してくださいと……ですね……」


「お願いいたします!」


「……うーん」




 あまりの迫力に、執事長のモールドはついうなってしまう。




「あははははっ! ふはははははっ!」


「まっ、魔王様!?」




 突如高笑いが聞こえてきたかと思うと、魔王が玉座にふんぞり返っていた。


 心底おかしそうに笑っている。


 しかし、その目は一切笑ってはいない。


 ジーンはその目を見て、ビクリと体を硬直させた。



 魔王はクククと笑いながらジーンを見下ろしている。




「おい、吸血鬼のメイド、ジーン・カレルよ」


「は、はい!」


「面白いことをぬかしおるな。つまり、我らへの報告を免除しろと?」


「は、はい。そう……です……」


「ふっ、ふはははっ! いいだろう。何を考えているかは知らんが、我は結果が全てだと思う男だ。あのグレイフィールが必ず魔王になるならば、あとは何も言うまい」


「魔王様!」




 寛大過ぎる処遇に、モールドがやんわりと非難の声をあげる。


 だが魔王は言い聞かせるように言った。




「モールドよ。この者以外はすべて、我が息子に返り討ちにされた。それもすべて初日に、だ。不満があるのであれば、いますぐこやつと同等の<代わり>を連れてまいれ」


「えっ。そ、それは……現状、この<不死>の吸血鬼以外には「説得係」になれる者はおりません。ですので……」


「フッ。ならばこの者で満足せよ。望みもなるだけ聞いておけ。わかったな?」


「は、はっ。かしこまりました……」




 モールドは深くお辞儀をすると、もう一度ジーンへと向き直った。




「と……いうわけで、良かったですね。寛大な魔王様に感謝なさい」


「は、はい……!」


「では、引き続き貴女に一任することにいたします。ですが……報告できることがあれば、できるだけ報告してくださいよ。私も魔王様も気になっているんですからね……わかりましたか? ジーン・カレル」


「は、はいっ。わかりました!」




 瞬間、ジーンはころっといつもの笑顔に戻る。


 どこまでが本気で、どこからが演技だったのか。グレイフィールは今のやりとりを末恐ろしく思った。 



 やがて、一礼をしてジーンが広間を出ていく。


 謁見の間では、まだ魔王と執事長が会話をしていた。



 しかし、鏡の映像はすぐにジーンの方へと切り替わる。


 ジーンは点々と壁に赤い光が灯る、暗い廊下を歩いていた。



 しばらく何の変化もなく進んでいたが、急にその場にしゃがみこむ。




「はああ~~~っ、緊張したぁ~~~!」




 そして、脱力したように両手をぺたりと床につけた。




「わたし……わたしちゃんと、言えたよね? グレイフィール様のこと。素晴らしい方だって……だから、ちゃんと仕事しますって……」




 独り言なのか、なにやらぼそぼそと床に向かってつぶやきつづけている。


 その様子をグレイフィールはなんとも言えぬ気持ちで眺めていた。




「はああ……グレイフィール様にあんなこと言われたのに……どうしてわたし、まだ……」




 首を振ると、ジーンはようやく片膝を立て、その膝をぐっと押して立ち上がる。




「いや……ほんとは人間ほどじゃ、ないんだ! 血を吸いたいのは。でもどうしてか惹かれる……。なんでだろう。グレイフィール様ひどいことばっかりするのになあ……お側にいたいって思っちゃう。お役御免にはまだ……なりたくないよぉ……」




 そう言って、ふらふらしながらジーンは廊下の奥へ消えていった。


 やがて鏡の映像は消え、ヴァイオレットが目の前に現れる。




「どーお? 鈍感王子様~? あの子、アナタの血が欲しいだけとはちょーっと違ったみたいだけどぉ?」


「……」




 頬に熱が集中している。


 グレイフィールはそれを自覚しながら、また書斎机へと戻った。




「血だけが、執着の理由ではなかった? それは……いったいどういうことだ」


「まーだそんなこと言ってるのぉ? 気付かないふりはやりすぎるとただのおバカよ。まあ、分かった範囲だと? ああやって、魔王様とか上司にアナタの素晴らしさを解いてる姿、なんてのは、少しは尊敬してる証拠よね。あと、側にいたいーってのはそのままの意味ね。でもその深い<理由>までは……あのメイドちゃん自身もまだよくわかってないみたい」


「……私は――」


「ま、勝手にいろいろ予想したりしてみなさいよ。そうしたら少しはあの子のこと、解った気になれるんじゃないかしら。ああでも、断定だけはしちゃだめ。だってまだなーんにも確定してないんだから。直接訊くまではただの可能性ってことよ、いいわね?」


「……私は、どうしたらいいんだ」




 頭を抱え、そう言ってグレイフィールは顔を伏せる。




「私は……私はずっと、ここにひとりでいた。他者からの強い干渉は受けたくないと……拒絶しつづけてきた。父上のような魔王には、なるまいと……。だがまた人間たちと関わりたいと、そう思えるようになった。あやつがここに来てから……。そんな私は……私はいったいどうしたら……!」




 引きこもる、しかない。


 グレイフィールはいつもその結論にたどり着いてきた。



 母親が寿命を迎えて死んだときも、心の支えが無くなってここに引きこもることにした。


 ワーウルフの商人と出会ったときも、何度目かの取引で将来に絶望し、交流を断つようになってしまった。



 今回も、同じだった。


 ジーンという存在が再び自分の<希望>になったが、その者から強い感情を向けられて、嫌だと思ってしまった。


 そしてそれは、グレイフィールの生活を脅かすほどになってしまった。




「私は、だから避けようとしたんだ。あれを。本当に面倒だ、迷惑だと思ったから――」




 ぶつぶつとそうつぶやきつづけるグレイフィールに、ヴァイオレットはさらなる言葉を投げかけた。




「ねえ、王子様……? あの子はきっと、しばらくしたらまたここに来るわ。アナタにどんな言葉をかけられても、へこたれない性格でしょうからね……。でももし、もしね? ここに永遠に来なくなったらって考えたら、アナタはそれをどう感じるのかしら? 清々した、って思うの? アタシを倉庫に放り込んだときみたいに? ねえ、どうなの。冷血王子様……」




 その言葉は、深くグレイフィールの心に突き刺さったのだった。

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