第14話 薬草を収集
グレイフィールのトランクの中には、いくつかの円柱状のガラスケースがあった。
その中から比較的大きな物を取り出して、地面の上に置く。
さらにスコップを取り出すと、グレイフィールは手近なところに生えている<流星の花>をその中に移植した。
「グレイフィール様~。薬草って、茎から上だけ収穫すればいいんじゃないんですかぁ? 根っこまではいらないような~」
<変装の首輪>で大人の姿になっているジーンが、グレイフィールに近づいてくる。
グレイフィールは花の周りの土を掘り起こしながら答えた。
「これはあくまで研究用だ。頼まれ分は頼まれ分で、後でちゃんと収穫する」
「えっ? グレイフィール様、こんなときにまで植物の研究をなさるおつもりですか!? す、すごいです! やっぱり普段からいろんな本を読まれているだけありますねぇ……。もうそうするのが習慣になっちゃってるんですね! 恐ろしい……」
「……」
グレイフィールはジーンからの思いがけない賞賛に、体がむずがゆくなってしまった。
たしかに、未知の対象に興味を持つのはグレイフィールにとっては自然なことだ。
わからないとどうしても気になってしまい、他のことをすべて放り出して調べることに没頭してしまう。
特別なことをしているつもりは毛頭ない。
なんでも知っておきたい。魔界のことも、人間界のことも。およそ世界にあるものはすべて。
グレイフィールはそういう己の知的好奇心に従っているだけだった。
けれど、ジーンは異様に尊敬しきった目で自分を見つめている。
『それはやっぱり、グレイフィール様のことが……好きになっちゃったからですかね!?』
いつだかの告白を思い出す。
それに、グレイフィールはドキリと胸を高鳴らせてしまった。
もしあれが……そのままの意味ならば、きっとジーンは自分のことをより良く見ているに違いない。
恋愛は物の見方を大きく変えさせるという。
色眼鏡や間違った思い込みなどで、正しく自分は認識されなくなってしまう。
だとしたらとても厄介だった。
グレイフィールはゆっくり首を振ると、ガラスケースに土ごと花を入れ、その蓋を閉める。
そしてトランクから園芸ばさみを二つ取り出した。
「手が空いているならお前も手伝え」
そう言って、はさみの内の一つをジーンに手渡す。
「……えっ?」
「今度は頼まれ分だ。指定の形になるように根元から切れ。あとちゃんと上下をそろえろ。終わったら私を呼べ。いいな?」
「あ、はい……」
距離が近くなるのは良くない。
そう思い、グレイフィールはジーンをできるだけ自分から離すことにした。
ジーンは、手元のはさみと足元に生えている流星の花とを交互に見比べる。
そしてやおらフンと鼻を鳴らすと腕をまくった。
「よーし。じゃあやるぞーっ! せーのっ、とりゃとりゃとりゃとりゃとりゃあ~~~~っ!」
奇妙なかけ声を発すると、ものすごい速さで花畑の中に突っ込んでいく。
手元も忙しく動かしているのか、ジーンが通った後には摘み取った後の道ができるほどだった。
そしてしばらくすると、あっというまに花束を持って戻ってくる。
「はい、グレイフィール様! 終わりましたよ。こんな感じでいいですか~!?」
「も、もう終わったのか!?」
グレイフィールは円柱状のガラスケースをカバンの中にしまいながら、その姿に唖然とした。
だが、すぐに視線をそらす。
「なら次は……それをこの箱に入れろ」
グレイフィールは一抱えもある大きさの真四角なガラスケースを差し出した。
それはワーウルフの商人・イエリーに渡すための専用の箱だった。
「はーい」
ジーンはせっせとその中に花をしまう。
ふと、グレイフィールは今収穫が終わったばかりの花を見て、違和感を覚えた。
なにか花の色が変わっている気がする。
先ほど収穫した根つきの花と見比べると、光は弱くなっているが、こころなしか黄色が濃くなっているようだった。
「収穫して間もないというのに、もう変色だと……? これは薬効となにか関係があるのか?」
グレイフィールは花の形状や、葉の色つやなども見比べはじめる。
その間、ジーンは指定されたガラスケースにどんどん花束を追加していった。
トランク二つ分ほどもあった容量は、あっというまに一杯になる。
「あのー、グレイフィール様? もう満杯になりそうなんですけどー」
グレイフィールは顔を上げて、再び驚いた。
「もうそんなに摘んだのか!? そ、それくらいで十分だ……」
「そう、ですか……?」
「ああ。今私はこれを調べている。お前はその辺で適当に待っていろ」
「……はーい」
ジーンははさみを箱の横にそっと置くと、んーっと両腕を上げて伸びをした。
急いで終わらせた方がいいと思っていたが、グレイフィールの様子を見る限り、別にのんびりやっても良かったようだ。
日はだいぶ傾き、岩山の向こうに隠れてしまっている。
グレイフィールは左目にかけていた
一度スイッチが入ると、ついつい熱中してしまう。
ジーンはその様子をじっと見つめた。
その真剣な表情に「うっとり」とする。
気づけばすぐ側でグレイフィールの横顔を見つめてしまっていた。そしてその体臭も至近距離で嗅ごうとする。
「な、なんだ!?」
グレイフィールはその行動に驚いて花を放りだした。
後ずさりながら園芸用のはさみをジーンの方へと向ける。
「むやみに、近づくなと……命じたはずだぞ!」
その紫の瞳には明らかな殺意がこもっており、ジーンはしどろもどろになりながら答えた。
「あ、その……すみません。なんだか今……グレイフィール様に引き寄せられてしまって」
「……?」
「お腹は一杯なはずなんですけどね、おかしいなあ……」
グレイフィールは首をかしげた。
「腹が一杯? 引き寄せられる……? な、何を言っているのかわからんのだが……」
「あ、あのですね。わたし、お昼にドラゴンさんの血を飲んだじゃないですか。それで、さっきも別のドラゴンさんの血を飲んで……しばらく飲まなくてもいいってくらいに吸血したんです。それなのに……さっきのグレイフィール様のお顔を見ていたら……その、なんか……」
「……?」
「つい、引き寄せられちゃったんです! ごめんなさい! あーもうホント、グレイフィール様魅力的すぎますよ~~~! ただでさえ、今人間っぽく見えるのに!! 反則です! 反則級の良さですよ~~~」
そう叫んで、ジーンは両手で顔を覆う。
「よくわからんが……私は命じたはずだぞ。むやみに近づくと――」
グレイフィールはさらに右手に黒い槍を生み出し、すぐさまそれを投げつけようとする。
だが、攻撃される前にジーンは強く叫んだ。
「ごめんなさいっ! グレイフィール様。もうやることないみたいなんでわたし、先帰りますっ!」
「……は!?」
ジーンは<転移>を使うとあっというまに姿を消してしまった。
わけもわからず呆然とたたずむグレイフィールの背後に、青いドラゴン・コンバートがふわりと降り立つ。
【我が主、ジーン・カレルの主よ……】
「……なんだ、ドラゴン」
【お前たちはどういう関係だ? ただの主従かと思えば、どうもそうではないような……】
「それは私が訊きたい」
グレイフィールはそう言って軽くため息をつくと、収集道具の後片付けをしはじめたのだった。
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