第13話 墓守のドラゴン

 グレイフィールは、すぐさま青いドラゴンの頭上に<転移>し、槍をもう一本生み出す。


 おとりとして先ほど投げた槍がドラゴンの胴体に当たった瞬間、すぐに新しい槍で相手の首筋に斬りつけた。




「はああっ!」




 全力で振りぬくが、固い鱗に覆われた体にはまるで傷をつけられない。


 ドラゴンは鋭い爪が生えた前足を、そのままグレイフィールに向かってふりまわした。




「くっ!」




 すんでのところでまた<転移>を使い、グレイフィールは離れた場所に着地する。




【魔族めが……! <転移>などという小賢しい技を使いおって、卑怯者め!】




 そう言って、苛立った様子のドラゴンはふたたび赤い火炎を吐き出す。


 それは地表のグレイフィールを目がけて広範囲に噴出された。だが、その周辺にはせっかく咲かせた<流星の花>もある。


 それを見たグレイフィールは激しい怒りに震えた。




「貴様ッ……! せっかく私が作りだした花を、燃やす気か!」




 グレイフィールは己の周囲に何十本も槍を浮かべると、それらをすべてドラゴンに向けて撃ち放った。火炎と槍が激突し、そのまま押し切った槍がドラゴンへと突き進む。




【……グッ、ガアアアッ!】




 数十本の槍が、すべてドラゴンの喉元にブチ当たった。


 相変わらず傷は負わせられていないが、あまりの衝撃にドラゴンは火炎を放出するのを止めている。




【な、何もないところからこれだけの槍を生み出した、だと? お前……只の魔族ではないな? この膨大な魔力、さては……】


「フッ、少しは頭が回るようだ。しかし、私の正体を知られるわけにはいかん。お前はここで命を終えるのだ。次の<流星の花>の贄となれ!」




 グレイフィールはまたも槍を複数出現させると、それに自身の魔力を注ぎ、雷の魔法を付与させた。




「……神速の雷となりて、焼き貫け。魔槍・紫電!」




 すると、黒い槍は紫色の電気を発し、一瞬の後に消えた。


 次の瞬間には、すでにドラゴンの両肩の付け根、両足の付け根に<射抜かれた痕>ができている。




【グガアァァッ!!】




 傷は、よく見るとその周囲がひどく焼け焦げていた。さらにどくどくと大量の血が噴き出して、ドラゴンはぐらりと倒れる。




「ぐ、グレイフィール様……!」




 その様子を見届けていた吸血鬼のメイド、ジーンは、おそるおそるグレイフィールに進言した。




「あ、あの……何も殺さなくてもよいのではないですか? わたしの食料が一つなくなる……じゃなくて! 同じ魔界の住人です! むやみに殺生をされるのは……」


「ジーン・カレルよ。何のために<変装の首輪>をしてきたと思っている。私が城の外へ出たと他の者に知れれば、次期魔王にと周囲からの圧力はより強くなる。それを避けるために私は――」


「で、でも!」


「人間界を滅ぼそうとしている父上たちに、これ以上干渉されるわけにはいかん。このドラゴンは……私の正体に気付きはじめた。殺して口封じするのが得策だ」


「そ、そんな……」




 二人の会話が漏れ聞こえていたのだろうか。


 息も絶え絶えだったドラゴンが、かすれた笑い声をあげはじめた。




【ふ、ははは……! なるほど。どうりで。名前までは知らなかったが、お前は魔王の息子だったのか!】


「……これだから来るなと言ったのだ、ジーン・カレル」




 グレイフィールはひどく冷めた目でジーンを見下した。


 ドラゴンは笑い声を止めぬまま、さらに話しつづける。




【ククク……しかもただの私欲で我を殺そうとしているとは。なんと冷酷で非道な男よ。それでこそ魔王の子……。だがやはりドラゴンの墓守として、お前たちをここで逃がすわけにいかぬ!】




 青いドラゴンはそう叫ぶと、大量の血を流しながらまたむくりと起き上がった。


 そして、その瞳を赤く輝かせると、口の奥から真っ黒な炎を吐き出そうとする。




【我の命と引き換えに死ね! 万死の竜黒炎!】




 しかし、その炎が放たれる直前、メイドのジーンがドラゴンの右肩付近に<転移>した。


 そして大きく口を開け、ドラゴンの傷口に己の牙を突き刺す。




【ガァッ……!?】


「……!?」




 グレイフィールは、驚きに言葉を失った。


 今のは完全にドラゴンの隙をついていた。


 また、グレイフィールが先ほどの大技で傷を負わせていなければ、ああして牙を突き立てることもできなかっただろう。


 ジーンは鱗の下の肉にかぶりつき、音を立てて血を吸いはじめた。




「じゅる……じゅるるるる……」


【なっ……! この小娘……吸血鬼、だと……? グ、ガアアアッ……!】




 血が吸われるたびに力が抜けていくのか、ドラゴンは徐々に口を閉じ、また地面へと倒れていった。


 そして完全に気を失ってしまう。




「んく、んくっ……ぷはあっ!」




 やがて完全に動かなくなると、ジーンはようやく顔をあげた。


 その口元は血で真っ赤に染まってしまっている。




「あ、グレイフィール様~~~! いまのでこのドラゴン、わたしの下僕になりましたよ~~~! これで万事解決ですっ!」


「何、だと……!?」




 満面の笑みで手を振ってくるジーンに、グレイフィールは愕然とする。




「ね? こーすれば殺さずに……済んだでしょ?」




 そう言って嫣然と笑う。


 グレイフィールが固まっていると、いつのまにかジーンはグレイフィールのそばに<転移>して戻ってきた。




「あとで目が覚めても『わたしたちのことを誰にも言わないで』って言えば黙っててくれますよ。あと……そうだ、もうひとつ別の事もお願いしましょう」


「別の事、だと?」


「はい!」




 ややあって、青いドラゴンが目を覚ました。


 下僕化したときに回復したのか、もう傷口からの血は止まっている。




【我が……主……】




 ドラゴンは、すっかり敵意が消え失せ、意識がぼうっとしていた。


 ジーンはそんなドラゴンを見上げながらにこにこして言う。




「ええと~、わたしの名前は……ジーン・カレルです! こちらはわたしがお仕えしているグレイフィール・アンダー様。あなたはこれから、このジーン・カレルの下僕となっていただきます。それで最初のお願いなんですけどー、わたしたち二人がここへ来たことは誰にも内緒にしといていただけませんか? お願います」


【ふむ……誰にも言わなければいいのだな。わかった】


「ありがとうございます。それと、あなたには引き続きこの地の守護をしていただきます」


【守護だと……?】


「守護」




 ドラゴンだけでなく、グレイフィールもその言葉を思わず訊き返していた。




「ジーン。守護、とはどういうことだ」


「あ、いやー、このドラゴンさんは……もとはここの墓守だったんですよね?」


「ああ、らしいな」


「でもその同胞たちの骨は、いまや全てあの花に変わってしまったわけじゃないですか。だったら、今度はあの花を守るのが筋なんじゃないかなーと思いまして」




 そう語るジーンに、グレイフィールは一瞬黙り込んでしまった。だがすぐにニヤリと笑う。




「そうか……なるほど、そういうことか。こやつにこの花のお守りをさせようというわけだな。誰も見張りがいなかったら、別の何者かにここを荒らされてしまう危険性がある。フッ、メイドのくせに頭が回るではないか」




 ジーンは微笑みを絶やさなかったが、グレイフィールのその言葉に少しだけ悲しげな表情になった。




「あの、グレイフィール様? 死んでしまったらそれで終わり……なんですよ」


「……」


「わたしはほぼ不死ですけど、他の者はみんな、死ぬときはあっけなく死んでしまうんです。そうしたら、その命はなんにもならないんです。わたしの食料になったかもしれないのに、この花の番人にもなれたかもしれないのに、死んだらその利益がゼロになっちゃうんですよ。ねえ、グレイフィール様……それってすごーくもったいなくないですか?」


「……」




 グレイフィールは何も言わなかった。


 悲しみもせず、怒りもせず、ただ黙って立ち尽くしているだけだった。


 ジーンは気を取り直して、ドラゴンの方へと明るく話しかける。




「あ、じゃあええと……ドラゴンさん! ドラゴンさんって呼ぶのもあれなので、取り急ぎお名前教えてくれませんか? 名前を知らないままだと、いろいろ不便なんで……」




 尋ねられたドラゴンは嬉しそうに答える。




【ああ。我が名は……コンバートだ。この花々を守り抜けというその使命、承った。必ずややり遂げてみせよう。我が主、ジーン・カレルよ!】


「はい。それではこれから、よろしくお願いします!」




 ドラゴンはゆっくりと飛び立つと、あたりに一陣の風を巻き起こした。


 それは周囲の花々を揺らし、黄色いさざ波を作る。




「……」




 グレイフィールはその波が治まるのを待ってから、トランクのふたを開け、採集キットを取り出しはじめた。

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