第8話 ワーウルフの商人、召喚(1)

「ではヴァイオレットさん、さっそくワーウルフの商人さんを呼び出してください!」


「はいはい。じゃあ、はじめるわよー。本当どっかで死んでないといいけどねえ……」




 魔法の鏡の精・ヴァイオレットはそう言って「ワーウルフの商人」を探しはじめる。


 鏡の中に、ゆらゆらと人間界の街並みが映りはじめる。



 グレイフィールはその間、かつてその商人とやりとりしていた時のことを思い出していた。


 あの頃は、純粋に人間のために物作りをしていた。


 友好的なかかわりができることを夢見て、いろいろと試行錯誤を繰り返していた。


 しかしいつしか、自分には真に人間との良き交流はできないのではないかという不安に苛まれ、しだいにワーウルフの商人とも、鏡の精・ヴァイオレットとも距離をおくようになってしまった――。




「まさかまた、このようなことになるとはな……」


「グレイフィール様? 何か今おっしゃいました?」


「いや」



 

 グレイフィールはジーンの呼びかけに首を振る。


 思えば、この吸血メイドが来てからだった。

 まるで見えない流れに流されていくかのように、いつのまにかこんなことまでするようになっている。


 でも、それはさほど嫌なことではなかった。


 本当にしたいことに近づいているからかもしれない。




「人間……か」




 また間接的に人間たちと関われる。


 そう思うと、グレイフィールの心は少しずつうきうきとしはじめていた。




「えーと、この辺かしらね……。あっ、いた!」




 ヴァイオレットの声がしたので見てみると、鏡には一人の人物が映し出されていた。




「良かったー。生きてたわぁ。しっかし、十何年も経ってるのに前とほとんど変わってないわねえ」




 その者は土塀の連なる街中で、帽子を目深にかぶり、ボロボロの濃い緑の外套を羽織っていた。


 その忘れもしない姿に、グレイフィールは胸を熱くする。




「ああ、こいつだ。この者がワーウルフの商人だ。……おい聞こえるか。そこの商人」




 鏡に向かってグレイフィールが呼びかけると、その人物は周囲をキョロキョロしはじめる。




「私だ。魔王の息子、グレイフィール・アンダーだ。聞こえるならすぐに返事をしろ」


「そ、その声は……。あっ、そこっスね! お久しぶりっス、グレイフィール様!」




 声がしている方に気が付くと、その者は勢いよく走り寄ってきた。


 そしてするりと鏡を通過してくる。




「どうも! またお声掛けいただき、感謝してるっス! ああ、本当に久しぶりっスねえ。またお会いできて嬉しいっス! あれっ、なんか見慣れない子が……いるっスね?」




 男は妙な敬語を使いながら、茶色の鋭い眼でちらりと、部屋の隅に目をやった。


 そこには吸血メイドのジーンがいる。




「なっ、なななっ、めちゃめちゃでかくないですか!? この商人ワーウルフ!」




 自分の倍ほどもある背丈の男に、ジーンは驚き固まっていた。


 男はその間に帽子を取り、茶色い髪を後ろで短く束ねた頭を露わにする。そこには茶色い毛に覆われた犬のような耳があった。




「まあ半分は獣っスからね。基本、体格は大きめなんス。オオカミの姿になったときはもっと大きくなるっスよ? ちっちゃなメイドさん」


「なっ……!」




 ジーンは相変わらずその商人の背の高さに圧倒されていた。


 どことなく震えているようにも見える。どうもジーンは「背丈」に劣等感を抱いているようだった。



(強さで言ったら、吸血鬼の方がワーウルフよりも何倍も強いだろうに――)



 グレイフィールは背丈などという些末なことを気にしているジーンの様子をおかしく思った。




「さて」




 ワーウルフの商人は、帽子を胸に抱くと深々と腰を折る。


 そして上目づかいにグレイフィールを見あげて言った。



「グレイフィール様。偉大なる魔王のご子息様。比類なき才能をお持ちの発明家のお方。この商人、イエリー・エリエに何を買い取らせて、何を売って欲しいんスか? どのような御用でもなんなりとお申し付けくださいっス!」


「そうだな。まあ、いろいろだ……。おいジーン、下の道具をここへ全部持ってこい」


「えっ、ぜ、全部ですか? は、はいっ!」




 グレイフィールが指示を飛ばすと、ジーンはすぐさま階下に下りていった。


 ジーンは吸血鬼なので、もともとものすごい怪力を有している。


 ゆえにさきほどの魔法の鏡も、やすやすと運んでこれたのだった。



 数往復もすると、道具があっという間に二階に並ぶ。




「これはまた……ずいぶんたくさんお作りになったんスねー!」


「それぞれ、映像記憶機、温熱持続機、弱風発生機、食材自動切断機、万能乾燥機だ。それぞれ五つずつある」


「へえ~」


「さらに部屋の印象を統一するためには、もとある家具と色を合わせるのが良いらしいと知ってな。それぞれ五色に塗り分けてみた。五種類もあればそのうちのどれかとは客の好みの色と一致するだろう。これなどは塗装の原料にもこだわって――」




 商人のイエリーに、グレイフィールは待ってましたとばかりに道具の利点を説明しはじめる。


 その口上はとどまるところを知らない。


 吸血メイドと鏡の精は、その様子を若干引いて眺めていた。




「うわー。グレイフィール様、めっちゃ活き活きしてますねー」


「ほーんと。ねえ見てよ、あの冷血王子様の熱の入り様! 久々に見たわ~あんな姿!」


「わたしははじめて見ます……ふふっ」




 二人してなにやら言われているようだが、グレイフィールは気にせず、イエリーへの説明を続けていったのだった。

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