第9話 ワーウルフの商人、召喚(2)

 グレイフィールはすべての道具の説明をし終わると、商人のイエリーに向き直った。




「と、いうわけで……どうだ? 見たところ売れそうか」


「うーん。そうっスねえ……」




 イエリーはふところからソロバンを取り出すと、パチパチと珠をはじき、それぞれの道具の査定をしはじめた。




「前回っスけど……あの瞬間食材加熱機? あれは割と売れたっス。あのころはまだ、人間界にそういうのが普及してなかったっスからね。ただ、この弱風発生機と、食材自動切断機あたりは……もう似たような物が出回ってるっス。正直これが売りさばけるかは……」


「利益はどうだっていい。私はただ、この魔界産の道具を一人でも多くの人間に使ってもらいたいのだ。イエリー・エリエ、どうか頼む!」




 パチパチと計算を続けるイエリーに、グレイフィールは必死に食らいつく。


 それはまったく次期魔王らしからぬ姿であった。



 だがグレイフィールにとっては、何年かぶりに訪れたこの機を逃すわけにはいかなかった。


 買い取ってもらえなければ、またこれらの道具は文字通りお蔵入りになってしまうのだ。製作主として、それだけはどうしても避けたかった。




「うーん。じゃあ、この25点すべてまとめて20万エーンでどうっスか? 売れ残ったら、またこっちでいかようにも処分していいってことで」


「ああ、それでいい。少しでも人間界に流通させてくれれば問題ない」


「了解っス。また売れ行きは、いつでもそこの鏡を通して聞きに来てくださいっス」


「わかった」




 商談が成立した。


 商人のイエリーは背負っていた大きな箱を床に下ろすと、次々とグレイフィールの作った道具をその中に詰め込んでいく。


 明らかに荷が箱の容量を越えていたが、それは魔法の荷箱なのでいくらでも物が入る仕様になっているのだった。




「イエリー・エリエ。その荷箱をまだ使っているのか」




 グレイフィールがいつになく穏やかな声でそう問いかける。


 イエリーは顔を上げ、二カッと笑った。




「……はいっス! グレイフィール様がわざわざ作ってくれた魔法の荷箱っスからね、そりゃあもう大事に使ってるっスよ~」


「そうか。それはありがた――」


「えっ? それもグレイフィール様が作ったんですかっ!?」




 一瞬あたたかな空気が流れかけたが、そこに強引にジーンが割り込んできた。


 グレイフィールはこめかみに指を当てながら、努めて冷静に答える。




「ああ……まあな。これをこやつに使わせた方が、その後の取引がより円滑になると思ったのだ。それで、わざわざ私が作ってやった」


「ん~~~っっ!」




 ジーンはそれを聞いて、ひどく感動している様子だった。


 イエリーも隣で大きくうなづく。




「それはほんと、マジでありがたかったっス。今もすっごく助かってるっスよ~。これがないと商売敵とも差をつけられなかったっスからね……ホント、グレイフィール様には感謝感謝っス~!」




 にこにことのっぽの商人が笑う。


 そして、グレイフィールの道具を全部しまい終わると、今度は懐から財布を取り出し、代金をグレイフィールに手渡した。




「はい、グレイフィール様。今日の買い取り分っス」


「たしかに」


「他に買い取る物はないっスか?」


「ああ、そうだな……これで全部だ」


「じゃあ逆にこっちから買いたいものはあるっスか?」


「……見せてくれ」


「今日は本をいろいろ持ってきたっスよー。グレイフィール様、読書好きだったっスもんね? ちょうど良かったっス」




 そう言いながら、今度はその荷箱から本を出しはじめる。


 床に布を敷き、それらをひとつずつ丁寧に並べていく。その中にとある<雑誌>があった。


 グレイフィールはそれをすぐさま手に取る。




「お前をここに呼ばなくなってから、かれこれ十数年……いや、それ以上か? その間に人間界はだいぶ変わったようだな」




 パラパラとめくりながら、グレイフィールは中に描かれている人物画や風景画を見つめる。


 そこには、以前見たのとは違う、人間界の服装やら、髪型、町並みなどが描かれていた。




「そうっスねえ……人間たちは短命なんで、流行の周期が早いんスよ。さっきも言った通り、道具の進化も早くて……グレイフィール様が以前作ったようなのを作れるやつらも、現れてるっス。流石にあの鏡とか、この荷箱はまだ作れないみたいッスけど」




 そう言って、商人のイエリーは笑いながら魔法の鏡と自分の荷箱を指す。


 笑うと目が糸のように細くなった。


 もともとそんなにぱっちりとした目ではなかったが、わずかに見える瞳の奥には野生の輝きが潜んでいる。


 堅そうな茶髪や、大きめの口とも相まって、やはりオオカミの獣人だと思わせる何かがあった。




「フン、あの鏡とその箱は特別製だ。私が精魂込めて作った一級品だからな、これからもせいぜい大事に扱え」




 雑誌の頁をめくりながらグレイフィールがつぶやくと、商人のイエリーは細い目をめいっぱい見開いて言った。




「え? そんなにこれ、貴重な品だったんスか!?」


「ああ。それは、お前が永遠に探すこともできぬ素材と、死ぬまで知らぬであろう秘法を用いて作られている。それより、この雑誌『王都の流行』とやらを一冊くれ」


「いや……ま、毎度ありっス。ご、500エーンっス……」




 グレイフィールは、先ほどイエリーからもらった代金の中から相当する硬貨を取り出すと、それを渡した。


 イエリーは十数年ぶりに知った事実に、まだ動揺が抑えられない様子だった。


 だが努めて平静を保とうとする。




「は、ハイ、たしかにっス。あと他にも何か……買うっスか?」


「そうだな……」




 本以外にも、イエリーは別の物を並べつつあった。


 その中で、グレイフィールはある一つのものに目を留める。




「ん? これは……」




 それは黄色い星形の花をつけた、小さな薬草だった。

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