第7話 メイドの提案

「「えっ!? ちょっ、え? わあああああっ!!!」」




 ジーンとヴァイオレットは同時に悲鳴をあげ、グレイフィールの槍の直撃に備える。


 ジーンは両腕を体の前で交差させ、ヴァイオレットはとっさに鏡の表面に<海>を映し出した。


 すると、飛んできた槍は見る間にその鏡の中に吸い込まれていく。




「え……えっ!?」




 口をあんぐりと開け、驚くジーン。




「ど、どうなってるんですか?」


「ふっふっふ。ここじゃないどこかへと、移動させたのよっ」




 そう言ってヴァイオレットは得意げにウインクをする。


 この<魔法の鏡>は、今いる場所と全く違う場所の空間をつなげる能力があった。さきほどは、グレイフィールの槍をどこかの海へと瞬時に<転移>させたのである。


 ヴァイオレットもまた優れた<転移>能力の持ち主だった。


 ジーンは少し遅れてから、わーと拍手しはじめる。


 その度に左右の高い位置で結い上げた白い髪が、ふわふわと上下に揺れた。




「こしゃくな……!」




 グレイフィールはそれらを忌々しく眺めながら、もう一度右手に黒い槍を出現させる。


 そして、今度は靴音を響かせながら二人へ距離をつめていった。


 ジーンは拍手を止め、グレイフィールとヴァイオレットとの間にあわてて立ちはだかる。




「お、お止めください、グレイフィール様! な、何をなされるんですか?」


「下がれ、ジーン・カレル。こいつをこれから破壊する! これ以上邪魔立てすると、お前も道連れだぞ」


「ええっ!?」


「言ったはずだ。私の邪魔はするなと。守れるならもういい。死ね!」




 グレイフィールは槍で、鏡とジーンを同時に叩き壊そうとした。


 だが、ジーンはそれにおびえることなく、主張を続ける。




「グレイフィール様!! お願いします、待ってください! あの倉庫……あの倉庫には、よくわからない道具がたくさんしまわれていました! でも、あれってみんな……グレイフィール様が人間のために作ってたものなんでしょうっ!?」


「……っ! どうしてそれを」




 グレイフィールは思わず立ち止まり、目を見開いた。


 たしかに倉庫には、自分がこっそりと作った魔道具たちもたくさんしまいこんでいた。


 だが、たとえそれらを見られても、すぐにはグレイフィールが作ったものだとは判らなかったはずだ。




「ジーン・カレル。説明しろ……」


「聞いたんです、この鏡の精ヴァイオレットさんに」


「なに!?」


「グレイフィール様はかつて物作りがご趣味だった、って。そしてそれを人間たちに売ってもいたって。ねえグレイフィール様、もったいないですよ。あんなにいろいろ作れるのに、それを全部しまいこんだままにしてるなんて!」


「……」


「グレイフィール様。例の……本当にやりたいこと。そのためにもう一度、あれらを有効活用してみませんか? このヴァイオレットさんの魔法の鏡を使って!」




 その言葉に、グレイフィールは息を飲んだ。




「やりたいこと……? 有効活用……だと?」


「はい。商人をまた、ここに呼びましょう。そしてその道具を売ってみるんです、グレイフィール様!」


「商人を……」




 グレイフィールは言われて、とある人物の顔を思い浮かべた。


 それは、人間とも魔族とも言い切れない種族の者。




「ええと、ヴァイオレットさん、商人がここに来たこともあるんですよね? その方はたしか<ワーウルフ>だったって……」


「ええ、そうよ。今でもそいつが生きてるかはわかんないけどー」




 くるくると紫の髪の毛を指で巻き取りながら、鏡の精がにんまりとほほ笑む。


 グレイフィールはヴァイオレットに鋭い視線を向けた。


 鏡の精は、自分のあずかり知らぬ所で、ずいぶんとジーンにいろいろと吹き込んでいたようである。




「おい、鏡。貴様……」


「さーて? アタシは別に間違ったことは言ってないはずよぉ~」




 にやにやと笑いながらこちらを見てくるヴァイオレットに、グレイフィールは再び殺意を抱いた。


 だがそこにまたジーンが割りこんでくる。




「グレイフィール様! いい加減にしてください! わたしさっき、グレイフィール様のこと本気ですごいなーって思ったんですよ? こんなにすごい鏡をお作りになったなんて、めちゃめちゃすごいことです! 天才です! ね、だからもう一度呼んでみましょう、グレイフィール様! ね、この通り!」




 必死に褒めたり、両手を合わせてまで頼み込んでくるジーンに、グレイフィールは振り上げていた槍をゆっくりと下ろした。




「……わかった。お前たちが何を企んでいるかは知らんが、せっかくの『機会』だ。文字通り有効活用させてもらおう。だがあくまで、私の利害と一致しただけだからな。事が終わったらまた当分この<鏡>に用はない。そこだけは心しておけ」


「はいっ!」


「ああっ、そ、そんな……イケズ~~~!」




 グレイフィールの言葉に、ジーンは元気いっぱいに返事をする。


 ヴァイオレットは、自分がいずれまたしばらくの間使われなくなると告げられ、大きく落胆していた。


 こうしてワーウルフの商人を久しぶりに塔へと呼び出すこととなったのだった。

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