第4話 勘違い(2)

「ん? どうしたんです?」




 そう言って、ぱちりと吸血メイドのジーンは目を開ける。


 そして小首をかしげながら、戸惑うグレイフィールにさらに詰め寄ってきた。




「あ、もしかして。この間おっしゃられてたこと、まだ口外してないかどうかが気になるんですか? 大丈夫ですよ。まだ誰にも言ってません。それを口止めなさりたいのもあって、ああいう行動をとられたのでしょう? その辺はわたしもちゃんと心得ています」


「いや……そ、そうではなくてだな……」


「ま、それはそれとして。その脅しを抜きにしても、グレイフィール様はわたしのことをその……お望みだったんですよね? だからあそこまでされたんですよね? だったら構わないと、そう申し上げてるんです。さあ、何を迷われているのです? なにかを犠牲にすることなく利益など得られません。さあさあ、なのでどうぞ! どうせわたしは何をされても不死の身です。ですからちょっとぐらいどうってことありません!」


「いやっ……だからそうじゃない、待て!!」




 グレイフィールは「どうしてこうなった」と、思わず天を仰いだ。


 過去の行いを猛烈に反省する。



 ああいう態度をとれば、この者が寄り付かなくなると判断した。


 現に三日間来なくなった。


 だからそれが「正解」だと、有効な撃退方法だと信じ込んだ。



 だがどうだ。実際は妙な誤解をされ、離れられるどころかむしろより近づかれている……。



 グレイフィールはもうジーンに正直に説明することにした。




「ジーン・カレル。その、非常に言いづらいことなのだが」


「はい」


「その……私は別に、お前を必要とはしていない!!」


「え?」




 ポカン、とジーンは虚を喰らったような顔になった。




「日常生活においても……そしてこういうことにおいても……私は特にお前を望んでいない」


「えっ、じゃあ……え? この間の……は?」


「どうも誤解を与えてしまったようだ。アレはお前を遠ざけたいがための、その……演技・・だったのだ。それ以上でも、以下でもない……」


「ぐ……グレイフィール様!?」




 ジーンは突然、肩をわなわなと震えさせはじめた。




「そ、それって……わ、わたしをからかったってことですか!? ひどいっ!」




 ジーンはそう叫ぶと、烈火のごとく怒りはじめた。




「真剣に、こっちは考えてたのにっ! わ、わたしがどれくらい、ここに来づらくなったかおわかりですかっ!? 本当、グレイフィール様はご自分のお立場を自覚しなさすぎです! そういった振る舞いが、下々にどういう影響を及ぼすか……わたしにあーんな魅力を見せつけておきながら……あ、いや、とにかく。返してください! この三日間のわたしの苦悩を! 返してくださいよう! うわ~~~ん!」


「な、なに……?」




 影響? 魅力?


 グレイフィールはジーンに泣いて抗議されながらも、その単語にしきりと首をかしげていた。



 幼い頃は、母や周りの従者たちに褒められることが多かった。


 見目が麗しいだとか、賢いだとか、優秀だとか。


 だがこの塔にひきこもってからは、そういった世辞にはかなり縁遠くなっている。



 あらためて言われてみると、免疫がなくなったせいか急に気恥ずかしくなってきた。

 グレイフィールは顔が熱くなるのを感じながら、ぶっきらぼうにつぶやく。




「その……わ、悪かった」




 ジーンは、その言葉にぱっと顔をあげた。




「えっ?」




 グレイフィールはごほんと咳払いをしてから、背を向ける。




「その、惑わせて……悪かった。だが私は、お前が悩んだのと同じくらい、ここに誰かが来ることや干渉されるのが辛いのだ。そして、例の……人間と友好的な付き合いをしていきたいということも……誰かに知られると……困る。それを、わかってくれ」


「グレイフィール様……」


「お前はそれが『仕事』だから仕方がないことなのかもしれん。だが私は、己を守るために、これからも全力で抵抗していくつもりだ! お前が悩むような行動を私がまたしたとしても、それは単なる私の防御本能からだ!」


「そう、ですか……。わかりました」




 気付けば、そう応えるジーンがグレイフィールの目の前に立っていた。




「お前……また<転移>を……!」




 ジーンは特別な吸血鬼なので、グレイフィールの<領域>内でも<転移>の力を発揮できる。


 グレイフィールの頬の熱はもうあらかた引いていたが、今までの顔を見られていたかと思うとバツが悪かった。


 グレイフィールはとっさに口元を腕で覆いながら言う。




「な、なんだ? なにか他に言いたいことがあるなら早く言え!」


「あ、はい……。わたしこれからもこの『仕事』、やっていこうと思います。でも、グレイフィール様が嫌がるような強引なことはもうしません!」


「……ん? 強引なこと?」


「はい。最初は無理やり、力づくで連れていこうとしてました。あらゆる手段を使ってでも――って」


「は? そ、そんなことをしようとしていたのかっ?」


「はい。でもそれは、やろうとしても難しいってことがよくわかりました。毎回槍で吹き飛ばされちゃってましたしね。ですので――」




 そこまで言うと、吸血メイドのジーンはまた目をキラキラさせて言った。




「これからは特に何もせず、お側でグレイフィール様をただ見守っているだけにします!」


「……な、なぜそうなる!?」


「そうしたら、いつかは『魔王になる』って自発的に言っていただけるかもしれませんし! あとあと、もしかしたらこのあいだみたいな役得もあるかも……ぐふふ」




 ジーンは後半、何か妙なことを言っていたが、グレイフィールは前半部分だけを聞いて即座に首を振った。




「ない! そんなことは絶対にありえん! そもそも、ここへ来るなと私はずっと言いつづけているのだが!?」




 グレイフィールはそう抗議を続けるが、ジーンはきょとんとするばかりだった。


 ジーンはグレイフィールが嫌がるようなことはしないと言いつつ、結局は己の任務を遂行したいだけなのだ。


 グレイフィールはそれを感じ取ると、心底深いため息をついた。




「はああ……結局、お前はどうあっても私のところに来続ける気なのだな。これだけ言っても!」


「はい!」


「……わかった。では最低でも、私の読書などの邪魔は一切するな。距離も私から可能な限りとれ。そうじゃないと私の身が持たん」


「えっ。あ、じゃあいいんですかっ?」


「いいもなにも……ダメと言ったって来るんだろう? だったら最低限のことは守れ。静かにしろ。何もするな。もし話しかけてきたり騒がしくしたら、またあの槍で叩き出すからな。覚えておけ」


「は、はいっ! ありがとうございますっ! 絶対守りますっ!」




 ジーンは姿勢を正すと、ビシッと敬礼のポーズをとった。 


 だが、グレイフィールはそれをまったく信用していない。




「返事だけは良いな。……本当にわかっているのか? 私は絶対に魔王にはならんと言っているのだぞ」


「はい、ちゃんと理解しています! でも、それでもいいんです! いつかはそのお気持ちも……変わるかもしれませんから!」


「だから……それはない、と言っているだろうが! いい加減わかれ!」


「えへへっ、はい!」




 そう言って相変わらず元気な返事をしてくる。


 そんなジーンはいま、どこからどう見ても「やる気」に満ちあふれていた。


 何が彼女をここまで熱くさせているのかわからない。




「はあ。まったく……お前はなぜそんなにもやる気なんだ? 私をここから出して次の魔王にするなど、ほぼ不可能なことだ。それをなぜ、ここまで……」


「んー? わたし、そんなにやる気があるように見えますか?」


「ああ……そうだな。何度も追いやったというのに全く懲りている様子が見えんしな。どこからその強烈な意欲が湧いてくるんだ」


「ふっふー。それはですねえ……」




 吸血メイドはニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべると、人差し指を自分のあごに添えた。




「それは……グレイフィール様のことが、好きになっちゃったからですかね! やっぱり」


「……!」




 その言葉に、グレイフィールはまたも顔に熱が集まることになった。


 まるで不意打ちの攻撃を喰らったようだ。


 グレイフィールはがしがしと己の髪をかきむしる。




「あああっ、もうしゃべるな! ジーン・カレルッ!」


「……え? あ、はい……?」




 これ以上、妙なことを言われたりされたりしたら困る。


 グレイフィールは書斎机に戻ると、本で顔を隠しながら「どうしてこうなった……」と再び深く肩を落とした。

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