第3話 勘違い(1)

 三日後――。


 吸血メイドのジーンが、久しぶりにグレイフィールの元に現れた。




「おっ、お久しぶりです、グレイフィール様……」


「じ、ジーン・カレル!?」




 読んでいた本を、思わず取り落しそうになったグレイフィールだったが、なんとか冷静さを取り戻し席を立つ。




「お前、もうここへは来ないはずでは……?」


「い、いや……その……」




 そう言うと、ジーンは急にその場でもじもじとしはじめた。




「ん? どうした?」


「えっ。あの……もう来ないなんてわたし、言ってません……よ?」




 ジーンはあさっての方向を見ながら頬を赤く染めている。


 熱でもあるのかと、グレイフィールは訝しく思った。



 (いや。不死の吸血鬼は、病にはかからないはずだ。おかしい――)



 グレイフィールは瞬時に警戒した。




「本当にどうした。いつもの元気がないようだが?」


「えっ、別に!? な、なんでもないですよ! あははははー。それより、しばらく来なくてすみませんでした!」




 そう言って深々と頭を下げるジーンに、グレイフィールは依然不思議に思いながらも笑みを向ける。




「フッ、別に謝ることはない。むしろ来なかったことを感謝したいぐらいだ。久しぶりに平穏な生活を取り戻せたからな」




 そう語るグレイフィールに、ジーンは両手で顔を覆う。




「ああっ、あんなにわたし『諦めません』なんて意気込んでいたのに……お恥ずかしい限りです!」




 ジーンはさらに床に膝をつくと、いきなり自分語りをしはじめた。




「わたしは……わたしはずっと、『誰か』のお役に立ちたいと思って生きてきました! だからこの『お仕事』をいただいたときも喜んでお引き受けしたんです!」


「と、突然どうした!? ジーン・カレル?」


「初めは分不相応だ、なんて思ったりもしましたが……それでもわたしにしかできないことなんだって、頑張ることにしました。何度グレイフィール様に追い出されても、このお仕事をやり遂げようって毎日……今日までやってきたんです」


「お、おい……?」


「でも、良く考えたら……グレイフィール様がすんなりわたしの言うことを聞いてくれるはずもありませんよね。グレイフィール様のお気持ちも考えず、本当すみませんでした! ですからわたし、この三日間、寝ずに考えました! あなた様があそこまでされた理由を!」




 ジーンは早口でそう言い終えると、すっと立ち上がってその紅い瞳を閉じた。


 そして、グレイフィールの近くまで<転移>すると、さらに軽くあごを突き出してくる。




「な、なんの真似だ? そ、それは……」


「で、ですから……はい・・!」


「だから、なんだと訊いている!?」


「あの……わたしをお望みなのでしたら、その……どうぞ・・・!」




 しばらく部屋に沈黙が流れる。


 グレイフィールの頭の中には疑問符がたくさん浮かびあがっていた。




「は? な、何を言っている? お前を、望む……?」




 しばらく考えた末、グレイフィールはありえないことに気付いてしまった。




「ハッ、まさか……!」




 どうやら、先日頬に口づけなどをしてしまったばかりに、吸血メイドの中ではなぜか「グレイフィールがジーンを求めている」ということに変換されてしまっているようだった。




「ち、違うぞ! 私は……」


「大丈夫です! わたし、だてに魔界で80年(※魔族の寿命は人間の五倍)も生きてません! そういう話は、いろんな方々から聞いています。そう、こういうことを所望されたときは相手に身を任せるのが一番いいって……」


「ちょ、ちょっと待て!」




 ジーンのとんでもない勘違いに、グレイフィールは片手を前に出しながらずるずると後退していった。

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