第39話「2011.3.11 15:41」

「東海村、福島って原発のことを言ってるんですか?いくらなんでも心配しすぎでわ」

「何をいっちょうか? あれの目の前は海ぞ。もうすでに手遅れかもしれん、何もなきゃいいんじゃが」

 そう言いながら、大泉に連絡を取る龍太だったが、忙しいのか、連絡がつかなかった。もちろん、麻野にも連絡を取ろうとしたが、そっちも全くコンタクトが取れなかった。

「うわっ、また」

 すでに15:20になるが、龍太のいる地域でも余震は続き、たまにドキッとする位強い揺れを感じることもあった。しかし、身の安全よりも今は原発のことを考えなけれなばならなかった。


「しかたない直接連絡を取ろう」

「直接って!? つながりますか」

「調べさせるんだ、急を要する、わしの勘が正しければ大変なことになるぞ」

 二人は早急にネットワークを使って、福島原発で働いている人間の連絡先を調べた。携帯電話ならばひょっとして誰かとコンタクトが取れるかもしれなかった。

 という作業の途中に、大泉からの着信が来る。


「すまない龍太さん、こっちもやることが手いっぱいだ、津波の影響が想像以上にやばい。それに東京もすでにマヒ状態だ。要件は手短に頼みます」

「大泉さん、原発だ、原発がやばい! まだわからないが最悪の場合、メルトダウンがあるぞ」

「……原発ですか、いや今のとこ報告はないですが」

「あの無能の首相のところで、連絡が止まってる可能性も高い、なんとか働きかけて可能な限りの手段をとらせないといかん」

「――すいません、今は不確定情報を元にうごける状況にないです。そっちの件は詳しくわかったらまた連絡ください。すいません私もちょっと各方面に指示することが多いので、また」

 そういって、龍太の返事を待つことなく大泉は電話を切った。

 よほど、大泉に余裕のないことはわかったが、不確定とかどうのこうの言ってる場合ではないということを大泉も理解していなかった。


「大泉の阿呆が……」

仕方ないことだとは理解しつつもそんな言葉が龍太から漏れる。


「龍太さん! つながりました第一原発の職員です」

カオスが、そう告げると急いでその電話に龍太は出る。もちろん龍太の声はボイスチェンジャーで変化され大人のものになっている。


「こちらは官邸のものだ、そちらの状況はいったいどうなってる?」

 誰とも知らない、原発の職員に龍太は回答を迫る。相手も特に真偽を確かめることはせずにすぐさま現在の原発の状況を語った。それほど事態は切迫しているのだろう。


「大変です……二回目に襲ってきた津波のせいで、第一の方は建屋がほとんど壊されました。そして多分、通電がストップしてます」


「通電がストップして……、電気が通ってないのか、するとどうなる!?」


「冷却ができません!熱のせいで、容器が全部破壊される可能性があります!」

 衝撃の一言である、原子力発電の格納容器が破壊されるということは、すなわちそこから放射性物質が漏れるということである。いやそれどころか……。


「大爆発を起こす可能性もあるのか?」


「いえ、地震と同時にスクラム……核分裂自体は止まってます。ですがないとは言い切れません、すいません我々も非難のために現場を離れています。コントロールはできていません、何が起こってもおかしくないと思ってください」


「……いや、君たちが逃げるのは当然だ。我々はどうしたらいい、何をすれば最善だ」

「とにかく冷却です、どんな手段でもいいです。一刻も早く冷却をしてください、今は本当に何が起きてもおかしくありません、すいません私たちには何もできなくて」

「わかった、いいから君たちは自分の身を守ってほしい、あとは行政の仕事だ」

 そういって電話をいったん止めた、しかし通話状態は維持する。なにかあった時にすぐ連絡してほしいからである。

 そして、再びすぐさま、龍太は大泉に連絡を取る。

 福島原発の件はもはや最優先事項となった。


 何よりも最優先される事項である。


「龍太さん……すいませんいそが――」

「原発の電気が止まってる、冷却できずに、メルトダウン寸前だ。早急に内閣に連絡を取ってできうる限りのことをしろ、時間が勝負だ」

「なんですって!?」

「――急げ、時間の戦いだ、民政党だ民自党だといってる場合じゃねぇ!場合によっては大澤に連絡とるしかねぇ、強制的に周辺住民の避難、それから海水使って冷やしちまうしかないぜよ!」


「しかしそれは東電が呑むかどうか」


「東電なんて関係ないぜよ! 政府権限でやるしかないぜよ。責任はすべて天晴会でとろう、金も何もかも出すしかねぇ、急げ大泉たのんだ!」


「わかりました……」

 そういって大泉は電話を切った。


 これだけの危機が迫ってるとわかっていながら、最終的には大泉に頼るしかない自分が龍太はとてもはがゆかった。現状は絶望的であった、すでに津波は第一原発を襲い建屋は半壊状態、くわえて電力が失われ、冷却することができなくなっている。

 ここからいかほどのことが人間にできようか。


 何をしても、もはや手遅れかもしれぬ。


 そして最終的には民政党にやってもらわなければいけないということもまた現実。なぜ、天晴会が権力を失った時にこの天災に見舞われたのか……あの売国奴どもが日本のために果たして何をしてくれるのだろうか?

 龍太にはただただ不安でしかなかった。

 

 それでもこの原子力発電を作った責任は間違いなく民自党、いや天晴会にあった。 

 大泉をはじめ昭和初期を生きた天晴会メンバーは日本がいかに原油、エネルギーがないことが致命的であることなのかを痛感していた。

 その思いは、第二次世界大戦を迎えるまでの経緯を体験した天晴会メンバーだから思うのかもしれぬ、特に大泉こと西園寺公望はそれを痛感していたはずである。

 だからこそ原子力という諸刃の剣である方法を、疑いもせず受け入れている。原子力がなければ国防は成り立たぬ、そう自分亡き後の天晴会が考えるのは、自然なことのように龍太には思えた。

 さっきの話をもってしても、つまり福島原発の危機が迫って万が一有事の事態になっても、大泉も麻野も原子力が必要だという意見を変えないであろう。


 だからこそ、もし原発の問題は民自党の問題であり、ほかの誰かに任せていい話ではないと龍太は切実に思っていた。

 自分が指示したことではないが、天晴会の負の遺産であるといえた。




――かくして、3月11日19:00には早々に日連芳子官房長官から福島原発の現状と、周辺自民の緊急避難は発表された。どうやら大泉の交渉はうまくいったようだ。それとは無関係に、現内閣がそれほど無能ではなく、しっかり現場から情報を吸い上げて、発表しただけかもしれなかったが……。


 しかし、危機は止まらなかった。

 結局廃炉をおそれて、海水の注入は見送られ、冷却は行われず、翌日3月12日15:36に福島原発1号機は、高温下環境のせいで水素爆発を起こした。

 破壊は建物の外側だけで、炉心の格納容器の影響はないと発表されたが、どこまで本当なのかわかったものではなかった。


 事態は切迫していた。


 そしてまた、3.11の夜中、東京では100万人を超える人間が帰宅難民となり、また千葉県では化学コンビナートが大炎上を起こすなど、危機事態は東北だけに収まらないことが明らかになっていた。




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