第2章 2011年

第38話「2011.3.11 14:46」


 龍太ははじめ自身の乗る車がパンクしたのかと思った。急に車がぐらつき始めたので、運転手は慌てて車を止めた。

 しかし、車を止めても揺れは続いた。

 続いたどころではない、揺れはどんどん大きくなっていった。龍太も慌てて車を降りると、目の前では信じられない光景が繰り広げられていた。

 木々が左右を大きく揺らし、信号機は折れるんじゃないかという位に振れた。電線、電柱もおどるようにしてくねりだして、止めたはずの車が前後に運動を始める。

 ガシャーンという音が聞こえると、その方向には、ガラスの破片が飛び散っていた。すぐそばのビルの上階から窓ガラスが外れたようだ。

 龍太と同様に車を降りた人々が揺れに耐えながら、周囲を見回している。あちこちから女性の「キャー」という悲鳴や子供の泣き声が聞こえた。


「なんじゃこれは……」

「大地震……ですか」

 揺れが収まってカオスと龍太はつぶやいた。


「うおぉっ!」

「うわっ」

 しかしその瞬間、もう一度揺れが始まった。今回はさっきよりも初動の揺れが大ききい。再び街路樹や電柱がダンスを始めた、それどころではない、周辺の家々やビルまで横に揺れているのがはっきりと見えた。

 瓦が何十枚と剥がれ落ち、再びガラスが落下する音が聞こえる。ガシャーン、ガシャーンと音は重なり続ける。あまりに強い揺れに二人は立っているのがやっとである。


「龍太さん、東北に地震速報が出ました」

「ああ、わしも確認した。それに津波もな――6メート…‥!?」

「……そんな大きな波が来たらとんでもないですよ、いったい何が」


 二人は埼玉県内を移動中であった、その埼玉県ですらガラスやが瓦が落下するレベルの揺れである、スマホに入ってきた地震速報によれば震源は東北方面である。いったい東北では何が起こっているのか。

 二人は揺れが収まるとすぐ情報収集を開始し始めた。



□   □   □



 2011年1月1日、話題はさっそく前日に行われた大晦日の、砂川VSマネーの世紀の戦いであった。スポーツ新聞は全社一面で取り上げて、疑惑の勝利と取り上げる新聞もあったが、多くは砂川を大絶賛した。

 また、その後に出演した紅白歌合戦も話題になり、「神野みこ応援団」は国民に向かって大きく存在をアピールすることになった。当然、20歳立候補の議論もマスコミでは再燃していたが、1月に始まった通常国会では大きな動きはなかった。

 大泉は、日本革新同盟に働きかけて、法案成立にこぎつけようと思っていたが、思いのほか革新同盟川上の動きは鈍かった、もちろん麻野も一向に動こうとはしてくれない。

 

 というのも2011年4月には統一地方選が控えており、当然立候補者20歳制は地方議会も対象になってくる。各政党にとって、いまこの法案に乗り出すことは地方議会の政治家を敵に回すことになりかねず、非常に慎重にならざるを得なかった。

 川上は今地方議会選で勝利することに躍起になっていた、もろ刃の剣である20歳立候補制に関してはまだまだ様子を見たい状況であった。


 1月、2月過熱する世論の声とは別に、非常に冷え切った国会運営が行われていた。あれだけ政治家主導を標ぼうしていた民政党政権は、結局国会中官僚が作ったペーパーを読むだけの答弁を繰り返し、野党の質問に対して決して真摯な姿勢を見せることはなかった。


 尖閣の問題も、カラスヤマがすでに責任を取ったとばかりに、小菅首相は多くは触れようとせずに、これまた官僚のペーパーを読むだけの答弁を繰り返し、まさに国会は空転と呼ばれるような状況だった。


 はじめ高かった小菅の支持率は2月には40パーセント近くまで落ち込んだ、何をしたというわけでもないが、何もしない首相というイメージがついてしまったというほかない。


 そして、政党が本格的に地方議会選挙対策に乗り出そうとした3月11日14時46分、東日本大震災が発生した。

 国会審議中の出来事でもあり、国会内も大きく揺れた、頭上の大きなシャンデリアが落ちるんじゃないかというほどである。

 しかし小菅首相は狼狽するばかりで、何もすることはできなかった。役人から東北地方で震度7の地震が発生して直後も、特に何もするわけでもなく、うろたえながら情報の確認を行うばかりである。


 以外にもこのとき震度7(家屋が倒壊するレベルの震災)だったのは宮城県北部だけであった。岩手県や福島県、茨城県北部は、震度6強にとどまっている。とどまっているといういい方は語弊があるかもしれないが、つまりは揺れの被害より今震災では圧倒的につなみが脅威であったということである。


 要求するのは酷であったかもしれないが、このとき首相がトップダウンでいち早く避難指示を出せていれば、被害者は減っていたのかもしれない。

 しかしこのときの小菅は頭が真っ白であった。

 それでも首相の行動とは別に省庁の動きは迅速であった。いち早く、地震速報と津波大警報を入れて、国民に注意喚起を促した。


 龍太とカオスは、車の中に設置されているテレビで、ニュースが伝える地震のようすを見ていた。画面には仙台市の上空を飛ぶヘリコプターから映し出される映像が流れていた。

 初めは川を白波が逆上して上がっていくようすだけだった。テレビの専門家は津波は、海岸付近だけでなく川を遡上して、波が押し寄せていくので、川の付近にも近寄らないでくださいと忠告する。

「なんじゃこれはっ!」

 龍太がそう叫んだ瞬間、静脈をきった時のような黒色のなにかドロドロしたものが、画面外から押し寄せてくる様子が映った。それは津波が陸上に上がった姿であった。

 そのドロドロは、家や木々、畑など映るものすべてを呑み込みながら、ゆっくりと海外線から内陸への方へと侵攻していった。

 さらに呑み込んでいく途中では火災が発生している。

 街を呑み込むその汚泥は、油をも一緒に運びそしてあらゆるものがぶつかった時の摩擦によって着火する。水と炎が同時に襲ってくるという地獄が画面内に広がっていた。


『なるべく海から離れてください、そして可能な限り高台へお逃げください。もし近くに見当たらない場合、コンクリートで4回以上の建物に避難してください』

 アナウンサーは必死にそのように繰り返す。

 しかし画面を見る限り、避難は絶望的なもののように思えた。津波のスピードは速く、そして無限に広がるよう下に思えた。

 また、専門家は語った。


「この津波だけで終わりません、第1波、第2波と襲ってくる可能性が高いです。決して様子を見ようとしたりしないでください。海からなるべく遠くへお離れください。また茨城県や千葉県にもまだ到達してないだけの可能性があります。十分警戒ください」 

 災害は始まったばかりであった。


 そしてその言葉を聞いたときに龍太には新たなる危機が予見できた。地震が起きたこと、津波が来てしまったことはもはやどうすることもできない。今ある情報を高速で分析した結果、あるとんでもない危険に気づいてしまった。


「カオス……もっととんでもないことが起きるかもしれん」

 龍太は震えながらそう言った、龍太の顔は蒼白だった。


「ど、どうしたんですか、これ以上のことなんて……」


「東海村……いや福島じゃ、日本が消滅するかもしれんぜよ」

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