第32話「尖閣沖中国漁船衝突事件」

『ニュースです、領土問題で揺れる尖閣諸島周辺の海域で中国船籍のトロール船が海上保安庁の巡視船に衝突するという事件が起きました。海上保安庁は中国船のトロール船に立ち入り調査をしたうえで、中国船の船長を逮捕しましたが、これに対して中国側は猛抗議をしてる模様です』


 9月のはじめ、臨時国会が始まろうとしたまさにその時、そのニュースは起きた。のちに中国船尖閣諸島沖衝突事件と呼ばれるものである。

 この事件の前から中国漁船が日本の領海内を侵犯するという事件は起きていたが、はっきりと顕在したのがこの事件である。


 当然日本中のマスコミはこの事件を中心に動き出した。

 そしてその多くは衝突してきた中国漁船に対して臨検調査し、そして船長を逮捕、起訴するという行動をした海上保安庁に対して厳しく批判するものであった。

 果たしてそこまでする必要があったのか、という海上保安庁の過剰反応であるというのが論調の中心だったといえる。

 

 中国側の説明によればぶつかってきたのは海上保安庁の船であり、船長は不当逮捕をされているということであった。そして尖閣諸島は中国固有の領土であり、日本の海上保安庁こそ領海侵犯を犯しているという主張を付け加えることをもちろん忘れない。

 また、マスコミは海上保安庁が持つ証拠動画の公開を求めたが、一向に政府側はさおれに応じなかった。それもあってマスコミは海上保安庁に否定的な報道に傾き、また中国政府も調子に乗って日本批判を繰り返した

 映像が出せないのは海上保安庁に弱みがあるからだ、国民もマスコミもそう考えていた。 

 

 □  □  □ 


 大澤は首相官邸で、ある電話を受けていた。それはもちろん今回の事件についてであり、電話の相手は今回の件のおそらくは首謀者である。


「これが義満様の作戦でしたか」

「……ふふっ、中国が勝手に動いただけだよ」

「それにしても、確かにマスコミも国会も話題はこの話に集中しましたが、あまりにも与党側に不利でないですか? 」


「まあまあ、それも想定内だ……もう烏山を首相にしておくのも限界だと思ってな、あいつをやめさせるちょうどいい口実になるだろ?」


「はあ……、なるほど確かにあいつはもうだめですからな。次は誰ですか、小菅あたりがいいですかね」


「……小菅こすげか、まああいつも従順な奴だからな使い勝手よさそうだな。いいんじゃないか、顔がいいし、クリーンなイメージがあるから支持率も期待できるだろうよ」

 小菅こすげは民政党の中でも1,2の人気を誇る政治家である。現在は外務大臣を務めている。精悍な顔つきが主婦に受けており、またクリーンなイメージが強いので、民政党の中ではポスト烏山と目されている。


「烏山の退陣と、小菅の選出、それと中国人船長の対応や海上保安庁への質疑応答で臨時国会はだいぶ時間をつぶせますな」

「あぁ、そうそう中国人船長なんだけどな。下手に中国を刺激したくないから、さっさと返せよ、あれは一応軍人だ。勾留を引っ張ると本格的に国際問題になりかねん」


「――そ、それはさすがに厳しいかもしれません、海上保安庁の映像を見ましたけど、思い切りぶつかりに来てますからね。船体に傷もついてますし、無罪放免ってわけにはいきませんよ」

「だからそれが烏山最後の仕事だよ、政治問題として片付けさせろ。どうせやめるんだ、何をやっても関係ないだろ。あと絶対に、さすがにあれが流れたら、おいそれと船長を釈放などできん。悪いのはあくまで海上保安庁としておかんとな」


「……保安庁がそう簡単に機密漏洩させるとは思えないんで、大丈夫でしょうが。ただ万が一を考えなければいかないかもしれません」


「まあ、その時は烏山の辞任で幕をひけばいいだけだ。うまく処理してくれよ」

 そういって義満は電話を切った。

 自分ですべてことを起こしておきながら、後始末は自分に押し付けるとはずいぶん勝手だなと大澤は思ったが、まあよく考えれば、大澤は現世においても、前世においても前任の尻ぬぐいをしながら出世したんだということを思い出した。

 

 大澤はかつて豊臣秀吉であった。

 彼は常に信長の下で、信長のしたことの後始末をしながら生きてきた。彼の無茶に要求もすべて答えて、出世し続けた。


 最終的に日本の頂点に立ったが、結局自分はこのような、陰の仕事の方が性に合っている。

 戦国の時には欲が出て、信長を裏切ったが、あのままあの男の下にいたほうが実はましだったのかもしれないと、今では考えることもある。


 さて、その信長は琢野官房長官の話によれば、川上徹哉として転生してるらしい。

ならば、今度は直接戦うわけである、それを思うと恐ろしくもあり楽しみでもあった、果たして川上は大澤が秀吉と気づいたときにどういう反応をするだろうか?

 怒るか、笑うか?


 敵対するのか、あるいは共闘する可能性があるだろうか? それはないだろうなと確信していた、いくら合理性の人間でも裏切った男をゆるすような精神構造の持ち主でないことを秀吉は重々承知している。


 さて、川上のことより、今は目の前の中国漁船事件を考なければいけない。

 たしかに義満の言う通り、神野みこ事件から国会やマスコミの目を背けるには格好の出来事となった。


 そして時間のかかる事件の割には中身がないということもまた良い、この事件は被害は海上保安庁の船位のもので、特に死傷者が出たわけでもない、今問われてるのは対中対策や国防の在り方であって、時間がかかるわりに、これについて国会で論議したところで何かが変わったりはしない。

 だが民自党をはじめとする野党はこの問題を追及しないわけにはいかない。


 国会を空転させるにはまさにうってつけの事件であるといえる。

 最初大澤は、義満のやつはずいぶんわけのわからない事件を引き起こしてくれたものだと思っていた。しかしよく考えれば、確かに悪くない、義満の言う通りそろそろ烏山を退陣させなければ支持率が持たないし、義満としては中国が日本に対してアクションを起こすきっかけにもなる。

 さすが南北朝を統一させた男は。考えることが違うなと大澤は思った。


 しかし、取り扱いは難しい。


 現状であれば中国人船長を釈放難しくないだろうが、世論がうるさくなってからでは難しい。さっさと釈放を決めて、中国政府の圧力に屈したという形を取ろう。当然弱腰外交として野党は政府を追及するだろう。

 これをのらりくらりと烏山に対応させて、最終的に責任を取らせる形で総辞職させよう。そして、そのあとに小菅政権を作る。


 これが大澤が考えた、今臨時国会のシナリオである。

 

 そして実際、9月末には中国人船長は釈放され、10月は大澤の狙い通りに話が進んだ。野党は烏山首相の外交姿勢について厳しい追及をし、のらりくらりとそれに烏山は対応した、徐々に内閣支持率は下がっていった。

 その間、少なくとも国会では20歳法案の審議は進まず、マスコミも神野みこのことなど忘れたように連日漁船事件を扱ったのだった。

 

 しかし11月4日、大澤の計画はあっさりと打ち砕かれることになるのだった。

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