第31話「大澤と民政党②」
『朝から信じられないニュースが飛び込んできました……YSK36の神野みこさんが脳出血で病院に搬送され、意識不明の重体です。事務所からの発表によりますと昨日、神野さんは大阪でのコンサートのあとホテルで宿泊をしていましたが、部屋で倒れていたことに気づいたマネージャーが救急車を呼び、搬送されたということです。現在手術は終わり一命はとりとめたということですが、なお予断は許さない状況のようです』
朝の情報番組のニュースキャスターが神妙な面持ちでそのニュースを読み上げた。
その日の未明、マスコミ各社に神野みこが意識不明の重体であることはつたえられ、各社一斉に早朝のニュースそれを報じた。
真相は伏せられて、若年性のクモ膜下脳出血とされた。
『YSKの神野さんと言えば、政治系アイドルとして最近話題になっていましたね。非常にしっかりした考えをお持ちの女の子で、若い子はもちろん老若男女を問わず最近は好きだという人が多いです。』
『私もご一緒したことがありますが、ほんとうにしっかりした子で、彼女が提唱してた20歳立候補はいま最も国民の関心が高いことですからね、こんなタイミングで脳出血になるとは本当に不憫です。何とか早く意識を取り戻してほしいですね』
『予断は許さない状況ということです。最近のスケジュールを見る限り、神野さんはやすむ暇もないという感じなようですが、やはりこの辺の影響はあったのでしょうか……』
ほとんどのあさのニュース、情報番組では似たようなキャスターとコメンテーターの会話が繰り返され、ライブのあとに何があったのか、そして最近のスケジュールはどうだったのかとか、みこがいると思われる病院の周囲を取材する様子などが映し出された。
午後のワイドショーでは、神野みこの最近の活動を考察するもの、クモ膜下脳出血はどういう病気なのかという解説をするもの、そして働かせすぎたYSKに対する責任を問うものなど、ほぼ神野みこ関連のもので埋め尽くされた。
ツイッターや、2ちゃんなどもほとんどすべて、神野みこのニュースで一杯になり、そして話題は当然神野みこが訴えていた20歳立候補に及ぶようになった。
1名無し 神野みこロスが俺の中ではじまってる。
5名無し 意識不明とか信じられない、たぶんこれは夢だ。
18名無し 本当に病気なのか、
神野みこ出馬を阻む勢力の陰謀とかじゃないか?
19名無し この時代に陰謀とかないだろ(笑)
179名無し 俺は、みこちゃんのためにも20歳立候補成立させたい
180名無し オマエに何ができんだよwww
256名無し おれ、SWORDの活動参加するわ。
257名無し えっ、俺はとっくに参加してるけど
ネットの世界のみならず20歳立候補制をどう考えるかということは、あらゆる報道番組でも取り上げられるようになり、いよいよ国会も本腰を入れなければならないような世論が形成されつつあった。
加えてみこの回復を祈るとともに、みこの思いを成就させたいというファンの動きは、SNSを通じて盛んになり、それはもはやファンの間だけではなく国民全体の願いへのようであった
奇しくもみこが倒れることによって「20歳立候補」は世論の最大関心事項へと変化したといえる。
2010年8月には、各地で「20歳立候補」を訴える集会やデモ行進が行われた。そして、みこの芸能事務所には無数の千羽鶴や、復活を祈る手紙が送られた。
集会やデモの中心にいた荒木出央とアゲハは、みこの病状を心配する余裕がないほど忙しかった。集会以外にもほぼ毎日テレビ出演が求められ、要望に応えてほぼすべてで、みこに対する祈りと、自分たちの思い、民政党のダメさ、今までの政治の不満を語った。
みこの復活を信じて今はできることをする。
それしか、彼らにできることはなかった。
一方で大泉は法案成立のために、超党派でいろんな議員と会い懇談を重ねた。今の世論を無視できる政治家はいない、いまだ根強く反対はあるものの、時勢も相まって確実に法案への賛同者は増えていった。
大泉の感触では10月からの臨時国会で、何とか3分の2の賛成を勝ち取ることができそうであった。
そして、あまりの悲しみからか龍太やカオスに動きはなかった。
出演していたYSKの歴史番組にも姿を見せることはなくなっていた。
□ □ □
神野みこ意識不明のニュースがあった日、民政党の大澤は再び義満からの電話を受けていた。
「こっちは、神野みこを脅して、黙らせろと言っただけだ。殺せとまで言った覚えはない」
「……そのように
「失敗して口封じまではいい、少し派手過ぎたがな……なぜその日のうちに再襲撃してるんだ……壬生の連中は馬鹿なのか?」
「実行部隊との伝達が完璧じゃなかったのかもしれません、あるいは本当に脳出血なのかもしれません、たまたま襲撃と重なったとか」
「……何を言ってるんだ大澤? お前ほどの男がそんなことを言うのか、
「……申し訳ありません」
「脅して立候補の話とか取り下げれば国民熱は冷めたものを、こうなってしまっては確実に愚鈍な日本人どもも確実にヒートアップするぞ、どうするんだ大澤?」
「……義満様の言う通り、おそらく例の法案の盛り上がりは加速すると思います。私としては潮流に逆らわず、迎え入れイメージアップを図り、我々も若手の発掘に取り組むべきかと……」
「手ぬるい! もしあの法案が通れば、有利なのは民自党だ。あの辺の学生運動をしてる連中は天晴会の息がかかった連中だろう。さらに神野が倒れた以上、判官びいきの日本人どもは間違いなくあいつらの味方になるぞ、勝てるのか?」
いつになく大澤の電話の相手は早口で、そして声には怒気がこもっていた。大澤もその迫力にたじろいでしまいい言いたいこともいえない。
本来、主従関係のようなものが二人にあるわけではないが、現世における大澤の地位や資金は、電話の相手によるものなので、おのずと序列ができてしまっていた。
「ですが、下手につぶした場合、いや次の臨時国会で議題にしなかった場合、民政党に対するバッシングは相当なものになりますよ。ただでさえあの
大澤は立候補20歳やむなしと思っていた、成立した場合多少不利になるかもしれないが、現状の民政党の戦力ならば、それでも圧倒的に民自党を凌駕していると考えた。
なぜ義満が、裏の組織まで使って神野みこという小娘を黙らせようとしたのかいまいち大澤には理解できずにいた。何もせずともほぼ盤石であるはずなのに。
「支持率なんて低下しても解散しなきゃいけない道理はない。あんなもん少し、いじればどうにでもなる、マスコミはこっちの味方だしな。……まあでもそうだな、大澤のいうこともわかる。あまり露骨に法案を蹴落とすことはできんか……」
「そう思います、私は法案が通るのもやむを得ないかと」
「意外にお前も弱気な男だな、もっと強引な男だと思ってたが。――ようは法案のことを後回しにせざるを得ない状況を作ればいいんだな」
「……確かにそうですが、何をする気で?」
「ふふっ……」
電話の相手は、不敵な笑いを残して電話を切った。
そして2010年夏の終わり、まだ夏の余熱が残るころ、あの事件が起きるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます