第29話「大阪事変②」
「だ、大丈夫なのか?」
みこが襲われたという話をおそばせながら聞いた龍太は、すぐにみこの電話をした。
「……私は大丈夫、それよりニュース見てる?」
みこの見てるテレビ画面には、相変わらず無残な交通事故の続報が流れ続けていた。
「……ああ、関東でもニュースになった。これは証拠隠滅ちゅうことやか。ここまでやってくる相手が出てきちょうとは、みこ、しばらく芸能活動はせん方がいいちや」
龍太のいうことはもっともであった、証拠隠滅のために平気で人を殺す相手である、みこは当初襲ってきた相手は誘拐、あるいは強姦して恐怖で出馬を断念させる作戦なのだろうと考えており、命まで取ってくるとは考えてなかった。
しかし、状況はかわった。
敵は、命まで取ってくる可能性がある。さっきだって危なかった、もしドアを開けた瞬間に問答無用で銃を撃たれた場合、みこの命はすでになかった。
多くの転生を繰り返したみこは、死ぬことには慣れている。しかし、かといって恐怖がないわけではない。何より、現世はみこのかつての人生の中でも最も充実しているといって良かった。当然だが、簡単に死にたくはない
なので、命がかかっている以上みこにとっても、表に出るような活動は避けるべきであるとわかっていた。
「ふざけないで、死ぬのが怖くて、アイドルなんてできないわ!」
しかし、口から出たのは正反対の言葉であった。
これは意地である。こうも露骨にケンカを売られた以上、びびってアイドル活動自粛、政治活動も中断などと言うのはみこのプライドが許さなかった。
「しかしの、おりょう、分かってくれ。わしはお前を失いちょうないんぜよ」
「……ダメよ龍馬、ここで折れちゃ、相手の思うつぼじゃない。折れたら今回のケンカ勝てないわよ。ここで意地を張らないと! 意地を張って立ち向かったから、維新はなしえたんじゃないの、土佐の人間がビビってどうすんの?」
その通りだと龍太は思った。行動こそ共にしたときは少なかったが、土佐勤皇党の人間たちのことを思い出すと、土佐の気合というのはものすごい。吉田東洋という土佐藩の要人を暗殺してまでも、土佐藩を尊王攘夷運動の流れに変えていったし、拷問にかけられたとしても決して意思を曲げることはなかった。
それを考えれば、確かに一度襲われたくらいで、びびってひきこもるなんて言うのはケンカに負けに行くようなものであった。それは土佐人ではない。
ちなみに拷問にかけられて気持ちを曲げたのがここにいる岡田以蔵こと砂川真也だったりする。
その砂川真也がテレビ電話で会話する龍太とおりょうの会話に割って入った。
「坂本さん、自分が大澤の野郎を
砂川は目をぎらつかせて、龍太に訴える。
確かに幕末ならば、すぐにでも以蔵を差し向ける場面である。犯行を指示したと目される民政党の大澤を始末するのが最も手っ取り早い手段である。
しかし、現代においてそこまで大澤暗殺が簡単か?
そして、もし成功したとしても、そのことによる政治的アドバンテージはあるのか? むしろ不利である、それを考えると、龍太は真也の思いにこたえることは考えられなかった。
そして、何より以蔵に現世では殺しをさせたくない、それは勝海舟の遺言でもある。
「だめだ、お前はもう殺すな。それだけは許さん」
「――しかしそれでは、みこさんの身が危ないです、自分が何とかしなければ」
「大澤が犯人ときまっちょうわけでもなし、もし殺してもその報復があると考えるのが自然じゃか」
「ですが――」
「とにかく、お前にはみこを守ることの方に専念してほしいぜよ。わしはこんな身体じゃ、なんもできん。お前しか、みこを守ることはできんちや」
「坂本さん……」
「とにかく先走って、大澤を殺しに行ったりしないでくれ。あと気持ちは分かったがやっぱりしばらくはみこも活動を控えたほうがいいぜよ。その間にわしがなんとか手を考えるちや」
龍太はそういって、先走って暗殺に行かないように真也に念を押す。同じように念を押されたみこは不満そうな顔をするも、
「――まあちょうど休みほしかったからいいけどね」と言って、納得したようである。
「龍太、早く手を考えてね、民政党にはムカついてんだから」
――その後、龍太には麻野元総理から呼び出しがかかり、夜中ではあったが無理やり茨城の自宅を出て、迎えのリムジンでいつもの東京の料亭に連れてこられた。
そこには、同じように呼び出されたカオスと、そして大泉の顔があった。4人が一堂に会すことは初めてであった。すでに、龍太以外は食事をしていた、軽くお酒も入れてるだろうか。
出央とアゲハの姿はなかった、彼らは地方で活動していたため、集まることができなかったのである。
「だから、俺は選挙権の年齢引き下げには反対だったんだ。必ずこういう強硬派が現れると思ってたからな。現在だって幕末みたいなきな臭い話がいくらでもあるんだよ。どうするんだ、大泉? それに坂本さん、大体あんたの考えなんだろう?修正がせまられてるんじゃねぇのか」
開口一番、麻野は口調を荒げてそんな風に二人に詰問をする。相当、腹に据えかねてるのだろう。確かに、若者を扇動して、次の選挙に立ち向かうという計画は、ほとんど麻野を無視して行われてる計画であり、麻野にとって面白いはずがない。
龍太が最初にあったときの、冷静な麻野とはまるで違った。
「すいません、麻野さん……民政党がここまでやってくるとは思ってなかったです。ですが、これは民政党も相当焦ってるということです、それほど、選挙年齢の引き下げに脅威を覚えてるといいうことです」
「麻野さん、わしもそう思う。ここで引いちゃあ、ケンカは負けぜよ。ここは攻めていく場面ちや。みこも覚悟は決まってる、あんたも力を貸して、あの法案通してくれ……」
「――そういうこと言ってんじゃねぇんだよ! みこさんの命が狙われてんだろ。てめえらのミスだろうが? それを棚に上げてこのまま進むべきとはどういう要件だ。ふざけるんじゃねぇ、お前らはなんも見えちゃいねえ。明治をリードしたのはお前らかもしれねぇが、現世においては俺の方が圧倒的にわかってる。とりあえずお前らは黙って俺に従っておけ。みこさんの安全が確保されるまで、勝手は許さねぇぞ」
見せたことのない表情であった、かつて首相時代に失礼な記者に対して激昂したときよりそれは激しいものだった。
麻野のいうことももっともである。
みこが襲われ、そしてそれにかかわった桜花組の人間が全部事故死させされたのは、結果としては、みこを政治家にしようという計画の帰着であるのだ。
麻野の言う通り、この路線からは撤退するのが賢明な判断であるといえる。
「大澤に会いましょう。麻野さんの方で今回の件まとめてもらえませんか?今回襲った件や事故死の件は不問にして、今後の安全を約束させ……」
話の外にいたカオスはそのように麻野に提案した。
「ばかか、おめぇは! みこと一緒で未成年のくせにグリュグ飲んで酔っぱらったのかよ? 民政党がそんなこと認めるわけねぇだろ、それにそもそも民政党がやったかどうかもわからねぇ、川上の可能性だって十分あるじゃねぇか」
「麻野さん――それは、間違いなく民政党ですよ、義満の仕業に決まってます、それ以外にみこを襲う理由がない、みこを転生者だとわかってるからこそ襲ったんですよ。義満以外にあり得ますか」
大泉がそういうと、麻野はさらに顔をしかめた。
それを苦い顔で龍太が見つめる。
「川上だってみこを転生ってさすがに気づいてんだろ? おい大泉、おまえは今思考が膠着していて柔軟になってねぇ、あらゆる可能性を考えろよ。俺は明治の最初にそれをやった。お前は昭和初期にそれができなかった。そういうことじゃねぇんか」
大泉はかつての宰相西園寺公望であり、麻野は大久保利通である。二人を比べて果たして大久保の方が柔軟な思考の持ち主かと言われるとも何とも言えないところだが、西園寺が公家の人間であることが麻野にそう思わせてるのであろう。
大泉はなにも言えずに黙ってしまった。
龍太がついてから1時間、4人で今後について話すというよりは、少しお酒の入って面倒なことになった麻野の愚痴をみんなで聞くようなものに今はなっている、正直生産性がないので龍太はさっさと帰りたかった。
だが、こういう機会は少ない、少しでも全員で情報の共有と今後の展開を話し合いたいところだ。特に麻野のことをもっと知りたかった、他のメンバーとは三つに連絡を取っている龍太だったが、麻野とは妙に距離ができてしまっていた。
龍太がそんな思いでいる中、龍太のスマホの着信音が部屋中に鳴り響いた。着信の相手は現在大阪にいる砂川真也こと岡田以蔵である。
いま砂川はみこのガードのしてるはず、そこから電話があるということはどういうことであろう。
電話に出る前から龍太は何とも嫌な予感がしていた。
あわてて、龍太は通話のパネルをタッチする。
「どうした以蔵!みこになんかあったんか?」
「みこさんがみこさんが、銃で撃たれて意識不明の重体だ!すまない、守れなかった!」
その砂川の衝撃の一言は、電話越しの4人すべてに伝わった。
全員があっけにとられた表情に代わる。
何らかの冗談か聞き間違えだろうとカオスは思ったが、龍太をみてそれが聞き間違いなどではないことを悟った。
「う、嘘ぜよ……」
龍太は力なくそう声を漏らし、スマホを畳に落とすのだった。
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