第28話「大阪事変」

 砂川は完全に気を失った3人をの両手首をなぜか持っていた結束バンドで結び、領での自由を奪う。

 さらには、ベッドのシーツを使い両足も縛って自由を奪った。

「いま、組の人間を呼んだわ、話を聞きだしたら後処理は任せましょ」

 みこはスマホで大泉に連絡し、大泉経由で天晴会直属の非合法な組織「桜花組」に連絡を取った。

 天晴会は日本中のあらゆるところとつながりがある、政界は言わずもがな、財界、そして官僚、警察、そして暗部としてヤクザである。きれいごとだけで政治はできない、高度経済成長の中で日本をけん引する中では、闇で行わざるを得ないことが多々あった。

 今回のような場合警察の関与は何かと面倒である、警察の中でも天晴会の存在を知っているのはごく一部である。一般の警察官の口にふたをすることはできない。


 だが、闇の組織「桜花組」の実行部隊は個人個人は天晴会という存在を知らない。しかし彼らは黙って任務を遂行し、他に公言することがないように教育されている。そしてその任務には暴力、脅迫、場合によっては殺しというものも含まれる。限りなくヤクザな商売だが、その役割は天晴会のためのシノビと言ったものに近かった。


「……起きろ」

 そういって、砂川は最初に部屋に侵入してきたホテルマンの恰好の男の胸ぐらをつかみ、頬を張った。

「……ぅぐぐ」

 目が覚めたのか、男はのどに何かを詰まらせたように呻く。

「誰の命令でここにきた? 民政会か? それとも川上か?」

 低く小さな、しかしどすの利いた声で砂川は尋ねる。みこは、スマホでその様子を映像でとりはじめ、またボイスレコーダーのスイッチを入れた。


「……ふふ」

 男は口からそう漏らすと、わずかに顔をにやつかせたようになる。

「いえ……いえば命の保証はする。言わないのならお前の爪をはいでいく、その次は耳だ……耳をそぐ。もうすぐ俺たちの仲間がここに来る、そうなればもっとえらい目に合うだろう」

 まるっきりの脅しというわけでもない、実際にこの男が情報を漏らすまで、今から来る連中は拷問をするだろう。またそうしてでも、情報を得なければ、またみこに危険が及ぶ可能性が高い。なぜ襲ってきたのかそれは徹底的に追求しなければならない。

 非合法などと言ってる場合ではない。


 しかし、男は砂川の言葉が耳に入ってるのか入っていないのか、何も答えないし、表情も変えなかった。

「……なめてるのか」

 そういって、もっている特殊警棒で思い切り男の小指のあたりを打ち付けた。ズンッっという鈍い音が響く。確実に骨が折れたであろう音だ。思わずみこは目をそむけたが、打ち付けられた男は何の反応も見せない。声すら上げなかった。


「……相当、訓練されてるな」

 そういって、今度は打ち付けなかった方の手に向かって砂川はもう一度警棒を打ち付けようと振りかぶった。

 しかし、振りかぶった時点で、みこがその腕を止めた。


「……あなたがやる必要はないわ、組の人間が来るまで待ちましょう。プロならばプロにやってもらうべきよ」

 目の前で拷問が行われる姿を見ることがみこにはさすがに耐えがたかった。そしてまた酒を飲んだ時にはあんなに陽気な砂川が、人斬りとしての一面を出したことに恐怖を覚え、これ以上見ることは辛かったのである。

 そういわれて、砂川は「甘いな」と感じたが、口には出さず、その振り上げた警棒をおとなしく下した。


「……まあ、早いか遅いかだ……みこさんは部屋の奥の方で姿を隠しててくれ、あとの対応は自分がする」

 

 20分ほどで6人ほどの黒ずくめのスーツ姿の男たちがやってきた、桜花組の実行部隊である。全員が何やら大きなバッグを抱えている。どうやらそこに襲撃犯たちを詰めて持ち帰るらしい。そんなことをしても怪しいには変わりないが、まあそのまま連れ帰るよりはましなのだろう。

 桜花組の男たちは何も言わずに淡々と作業をし、襲撃犯をバッグに詰めて出ていった。そしてリーダー格の男は、「あとのことは私どもに、お二人は部屋を変えてください」と告げると、何事もなかったかのようにその場を立ち去っていった。





 その後二人はホテル自体を変えた。

 どういう経緯でみこのいる部屋が襲われたのかはわからないが、あのホテルにいる以上またおそわれない保証はない。先ほどまでのホテルはいわば天晴会御用達のホテルでよく使われてるものだったが、今回はそれとは全く関係ないホテルのとりあえず空いてる部屋を取った。

 本来天晴会御用達のホテルが最も安全なはずなのだが、今回においてはその限りではない。

 

 新しいホテルのスィートルームで、やっと少し落ち着いたみこは大泉に電話をしていた。


「ねぇ、ちょっとどうなってんの? なんであのホテルで私が襲われるわけ?セキュリティどうなってんのよ。YSKの中か、ホテルの中に義満一派が潜り込んでるじゃないの?ちゃんと身辺調査してる?」

 恐ろしい剣幕をして、みこは大泉を責め立てた。ホテルの部屋どりとかは別に大泉がやってることではないのだが、最終責任者は大泉しかいないのだ。


「みこさん、本当に申し訳ない。まさかあのホテルでそんなことが起きるとは……いま大急ぎで部下にあのホテルに関する調査をさせてる」


「だってホテルマンの変装をしてたのよ。しかもグリュグとチーズも持ってきてたし、どうなってんのよ」


「……送った写真をスタッフが検証したところ、間違いなくあのホテルの従業員だそうだ」


「――えっ、それって!?」

「そう、変装とかじゃなくて、最初から従業員として潜り込んでたってことだ」

「そんなことって」


「あそこが天晴会のホテルだって知っていて、あえてそこに忍び込んでいたんだ。今回のようなときのために……本来、あのホテルの身辺調査は相当入念にしている、そこをかいくぐってホテルに勤めていたということは、思った以上に敵の手が我々に伸びてるということだ」


「もうっ!完全に天晴会弱ってるじゃない。こんなこと今までなかったでしょ。これじゃあ、今まで使ってるところだからって、安心したりできないわね。もうほんとしっかりしてよね、大泉さんも麻野さんもっ!」

「すまない、やはり政権を失ったことで、裏の勢力バランスも崩れつつあるんだ」


「……ねぇ、ほんとに義満の一派なのかしら、ここは大阪だし川上って線はないの? だってあの織田信長なんでしょ? 勝つためには、出そうな芽は早めに摘もうとするんじゃないかしら」

「あり得ないことじゃないが、私が彼と会った感じではそんなことをするタイプには見えなかったな。少なくともみこさんを狙うような真似はしないでしょう。それにさすがに川上が天晴会のホテルに力を及ぼすほど、入念な準備をしていたとは思えないし」

 川上が自分の党を結成したのはついこの間である、それ以前から天晴会に対抗できるような組織をひそかに作っていたとは考えづらかった。それは絶対に天晴会の情報の網に引っかかるはずであった。

 すると、みこが大泉と話してる横で、砂川がスマホの着信を確認して、それを耳にあてる。その瞬間、砂川がおどろき声を張った。


『なに? 交通事故!?全員即死だって?』


 砂川に入ってきたニュースは信じられないものだった。先ほど桜花組の連中は襲撃犯をバッグに詰めた後、ワゴン車に乗って、港の倉庫に向かってそこで尋問をする予定であった。

 しかし、その途中信号待ちの際に、後ろから大型のトラックに突っ込まれ、前方の車と完全に挟まれて、ほとんどぺしゃんこになったらしい。

 確認する必要がないほど、生存者の可能性は絶望的だということだ。


 それはすぐさま大阪で大きなニュースとなり、早速砂川がテレビをつけて確認すると「暴走トラック、3台を巻き込む大事故で死亡者5名以上」と報じられていた。

 画面には前方が見る影がないほどひしゃげたトラックと、もはや元が何だったのかもわからない車のような残骸、いくつかの救急車と消防車の赤いランプの光がちらついている。


「そこまでするか……」

「そ、そんな」

 砂川もみこも声を漏らした。

 これが偶然なはずがなかった。








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