第27話「砂川真也」

「あーぁ、どうしようお腹すいたぁ。っていうか甘いもの欲しいなあ」

 神野みこは久しぶりのYSKのLIVEのために大阪に来ていた。熱狂のLIVEはすでに終わりホテルに宿泊中であるが、どうにも小腹がすいていた。


(どうしよう、ルームサービスたのんじゃおかなあ。どうせ、グループのお金だしぃ)

 とまあ、せこいことを考えるみこだった、そもそもお金など気にする必要がない位自由にお金を使える身分であるのだが……

「あー、ルームサービスお願いします。はい、えーとグラスワインと、うん、あっ、グリュグあるっ。じゃあグリュグとそれとうーん甘いものはいいのがないなあ。じゃあ、チーズの盛り合わせを、これブルーチーズあります? あぁありますか、じゃあお願いしますね」

 フロントに電話をかけて、ワインとチーズのセットをみこは頼んだ。そういえばみこは、19歳なので未成年。お酒を飲んではいけない年であるが、中身はもはや何歳だかわからないくらいの高齢なので、めをつむるべきであろう。

 実際本人は15歳くらいまでは飲酒を我慢していたらしいが、16歳以降はたびたびチャンスを見つけて飲んでいた。せっかく選挙権の年齢を引き下げるのだから、ついでに飲酒年齢も引き下げる法案を提出しようとみこは本気で考えたりもしていた。


 もちろんこんなことがばれたら、みこは選挙どころではないのだが、そこは今までは天晴会の力で完璧にガードを固めていた。今日のホテルも名義は神野みこではなく、24歳設定で偽名と偽造身分証明を使っている。


「グリュグ、グリュグゥー」

 グリュグとはシャンパンの一つである。最高のブドウから手間をかけて作られる最高級のシャンパンである。以前、プロデューサーのすすめでこれを飲んだ時にえらく感動し、今日たまたま、この名前を発見して大喜びで頼んでしまった。

 明日は久しぶりのオフだし、どうせ外で遊ぶわけにもいかず、ならばホテル内で思い切り休日を満喫しようということである。

 

 とにかく最近のみこは忙しすぎた。政治関連のテレビ出演もそうだし、アゲハや出央の政治活動にも帯同することが多かった。

 そう、前回もめたアゲハの問題も結局みこが電話をしてとりなした。何とか機嫌を直したアゲハと龍太を引き合わせ、最終的に二人で話はついたようである。




「LGBTの意見を先頭を切って掲げていくリーダーとして国会に乗り込んでほしい」

 と龍太はアゲハにそう頼んだらしい。そして、自分が戸籍上は女性であること、しかし心は男であることもすべて明らかにして、同じ悩みで悩む仲間のために動くべきだと伝えた。

 それはアゲハのように過去があって強い人間でなければできないのだ、と龍太が説得すると、アゲハはたいして悩みもせずにそれを引き受けた。


 どうも、もともとそのつもりであったようだ。LGBTの代表として国会に立つ覚悟はとっくにあった。

 ただ龍太のあまりの理解のなさに、むっとしただけだそうだ。

 その後龍太がしっかりとLGBTの問題に目を向けることにしたと聞いて、それでアゲハも納得したらしい。


「……まあ、龍ちゃんは柔軟なところがいいところよね、ね、そう思わない?」

 そんなことを、みこがつぶやいていると、トントンと戸を叩くものがあった。

 ルームサービスだろうか。

 ずいぶん、早いなと思いながらもみこは玄関に向かった。ドアスコープをのぞくとホテルマンが待機している。


「今開けますねぇ」

 と、みこがロックを外し、ドアをうちにひいた瞬間。


「――!きゃあっ!」

 ホテルマンはドアの隙間から手をぎゅっと伸ばし、そのままみこの首をつかむと、押し倒すようにしてドアを開けてきた。


 首をつかんだまま、さらにホテルマンはみこの口を違う手でふさぎ、みこの体を押しながら部屋の奥へ奥へ進んでいく、あまりの力の違いとクビの苦しさで、みこは全く抵抗できない。

「……あ、ああ」

 苦しそうに声を漏らすのがやっとであったが、みこの脳内は冷静だった。


(……トチ狂ったファン、そんなわけないわね。手際がいい、プロの仕業かしら?)

 男はみこの体が倒れないように、つかんだ首を押し上げながら、どんどん部屋の奥ベッドの方へとみこの体を押し込んでいく。

(……犯す気かしら、そんな生易しくないわね。殺し、いや誘拐かしらね、気を失わせて……)

 そんなことを失いそうになる意識の中で考えていると、突然ゴスッという鈍い音がした。

 すると首をつかんでいた目の前の男は、その場で膝から崩れ落ちた。

 

「うぅぅっげほっつ、げっほ、くるしかったぁ。……ちょっともっと早く助けてよ」

 みこは首にかかる圧力から開放されて、せき込んだ。

 そして倒れた男の背後からぬっとあらわれた人物に話しかける。

 男はキックを終えた後の姿勢のままである、その男は高校生格闘家砂川真也だった。部屋を襲撃してきた男は、後頭部に砂川の鋭いハイキックを食らい、そしてその一撃で倒されてしまった。


「……」

 砂川はみこには何も言わずに、うつぶせのまま倒れたホテルマンの頭部にサッカーボールキックをくらわし、さらに体勢を仰向けにすると、水落のあたりに思い切り拳を叩きこんだ。

 ぐほっ、と変な音を出したホテルマンののどから粘り気のある液体が飛び出る。

「ちょっと、ちょっと殺さないでよ!」 

 そのあまりに手際の良さと躊躇のなさを見たみこが思わず止める。


「大丈夫、死なない程度にやってる。それより周りを警戒しろ……」

「周り…‥?」


 そういった瞬間、玄関からさらに二人の男が部屋に侵入してきた。


 そして、みこの目に侵入者の手に拳銃が握られてるのが見えた。


 (うわっ、まじか!)

 とみこが危機をかんじた瞬間、砂川の体はスーッとまるで氷上のスケーティングのような動きで、侵入者の元に襲い掛かっていき、いつの間にか手にしていた伸縮式の特殊警棒で、一人の侵入者の右手の銃を払い落とすと、さらにはもう一人の男のあごさきに左足のかかとを突き出して一撃でノックアウトした。

 

 さらに突き出した左をそのままぐるっと回転させると、そのつま先を銃を持っていた男のわき腹に突き刺してひるませ、さらに警棒で男のあご先をひっぱたいた。

 その男は声を発することもできずにその場に突っ伏した。 


 銃を持つ相手が一切何もすることができないほどの電光石火の動きであった。

「……す、すごいわね。さすが、元人斬り以蔵と言ったところかしら」

 心臓はバクバクしっぱなしであったが、みこが感心してそういった。


「――気配がはっきりあった……入ってきた瞬間に動けた。人を殺すならこいつらは2流だ。あの時代なら、誰も殺せない無能。……周囲にはもう誰もいない、大丈夫だ」

 ぼそぼそした声で砂川真也はしゃべる。

 聞き取れるかどうかギリギリである。 

「ふぅ……助かったわ、龍太の言うとおり、あなたにいてもらって良かった。本業があるのにごめんね?」

「……あっちは遊び、土佐の人たちには詫びがある。坂本さんのためならではどんなことでも」

 やはり小さな声で砂川はそういった。


 砂川真也、彼は幕末に幕末に人斬り以蔵と呼ばれた、幕末の4大人斬りの一人である岡田以蔵である。

 彼は土佐勤皇党に加盟して、尊王攘夷運動を弾圧しようとする人間たちを次々と暗殺していった。佐幕派におそれていた彼であるが、幕府側にとらえられると拷問によってあっさりと仲間の居場所や自分の罪状を自白してしまったという過去も持っていた。

 そのため、土佐の人間に対する自責の念は強く、今世ではその償いをしようと思っているらしい。

 しかし無類の酒好きであるのは直ってないらしく、現世においてはみこの良い酒飲み仲間となっていた。


 今日も、ボディガードとしてみこと一緒にいたというよりは、みこの飲み相手として一緒の部屋にいたという側面の方が強い。さすがにみこ一人でシャンパンを開けたならば次の日の二日酔いは確定である。みこは酒のほとんどを砂川に飲ませるつもりでシャンパンを頼んだのだ。

 二人とも未成年であるという事実はこの際考えないでおくべきだろう。


「さあて、いったい誰の手先なのかしらね、こいつら」

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