第26話「アゲハの事情②」

「え、ああそうですよっ。聞かれなかったんで言わなかったけど、俺は一応戸籍上、女っす」

 みこの発言を聞いて、すぐさま龍太はアゲハに電話をかけた。そして、アゲハの真相を聞いたのだが、あっさりとアゲハは答えた。別に隠してるもんでもないらしい。


「いわゆるトランスジェンダーってやつですね、そのうち戸籍もちゃんと男にしようと思ってるっすけど、今んとこ女っす」

「えっ、じゃあ精神的には男ってことかや?」

「そうです、そうです。好きになるのも女の子ばっかですし、理解されづらいけど、こういうのも認められるような社会づくりもしていきたいっすね」


 さてここで龍太に疑問がわく。

 今までの経験上、転生した際の性別は固定される。男は男に、女は女にしか転生しないというのが、天晴会の中での常識であった。

 最も龍太も転生についてすべてを知ってるわけじゃないので、何とも言えないのだがアゲハは例外ということだろうか。

 龍太はそれについて尋ねた。


「いやあ、だから前世の時も女でしたよ、あの時代、女が民衆を引っ張るなんてことないですからね。父が俺を男として演出したんですよ。でまあ、男としては相当な美形でしたからね、当時も相当女性の支持者が多かったですよ。あの時はまだ、自分が女って気持ちがありましたけど、今は完全に俺は自分が男だと思ってますよ」


「はあ、なるほど」

 こりゃあ真実を知ったら、荒木出央は傷つくだろうなあと思ったが、まあ真実を告げないわけにもいかないかと、龍太は考えていた。


「ただ、その前なんすよねぇ問題は、なんか思い出そうとしても、思い出すだけで頭が痛くなるというか、どうしても天草四郎の前世が思い起こせないんです。たぶん、重要な何かの使命があったような……とは思うんですが……だめです」


 龍太自身もすべての前世を記憶しているわけではない、人間の記憶量には限界がある。龍馬の時の記憶は鮮明に覚えているが、その前の関ヶ原の戦いの一介の兵士だったときの記憶はかなり薄い。

 ただし徳川への恨み、とりわけ裏切った小早川への恨みだけは鮮明に覚えていた。

 ということもあって、アゲハがその目について思い出せないことについて、龍太は特に気にも留めなかった。


「まあ、そういうのはそのうち思い出すぜよ。わしも最初に自分の前世があると分かった時には色々な迷いがあったちや」


「そうですか、まあそんなわけで戸籍上は女ですけど、気にせず男として扱ってください」


 ここで、龍太ははっと気づいたことがあった。


 この事実はどうするべきだろうか……アゲハはどちらの性別で立候補させるべきか? 今のところ、同性愛とか性同一障害について声をあげる政治家はいるものの、本人がそうだという例はない。ぱっと見は男にしか見えないピンクスーツの政治家はいるが、彼女にしたって、別に自分を男だと思ってるわけではない。


 果たしてアゲハはこのまま、男として立候補させるべきか。その場合本人としては嘘のつもりがなくても国民的には嘘という風に映るだろう。

 それとも、カミングアウトをすべきなのか。

 龍太も含めてだが、民自党にはトランスジェンダーの問題をネガティブにとらえ、心の問題だとして、女として立候補させようとする人間も多いだろう。

 そのあたり非常にとるべきスタンスが難しい。


「アゲハ、君は立候補するとして、いったいどっちの性別で出るつもりだ」

「……そりゃあ男ですけど、なぜですか? 別に選挙の際に性別をアピールしなきゃいけない法はないですよね? アメリカだったら猛抗議されますよ。就職面接の際に性別を聞くだけでも差別って言われる国なんですから」

 

 さすがに、龍太もアメリカの事情までは知らなかったが、そんなめんどくさい事情にアメリカはなっているらしかった。


「いうことはわかるが、日本はそこまで理解が進んでないぜよ。民自党もうるさいと、できれば女性として出馬してほしいと思う」


「本気ですか?」

「……ああ、わしはそれがいいと思う」

 龍太はそういった、現状の日本を考える限り、ベストだと考えたのである。とくに民自党を考えた場合、支持者は保守の場合が多く、トランスジェンダーの候補者では支持は得られないとそう考えた。

 だが龍太はこのとき人の気持ちを考えられてなかった。

 現世に来てから龍太はまだ5年、圧倒的に幕末を引きずっている。アゲハの反応は龍太が考えもしないものだった。


「……龍馬さん何を言ってるんですか!? 日本を変えるために、一緒にやろうっていったんじゃないですか? それがなんすか? 結局俺たちみたいな人間は声をあげずに、マイノリティーとして静かに生きろってことじゃないですか? それの何が新しい日本なんですか、日本の夜明けなんですか? 見損ないましたよ」

 激しい口調で、息を切らしながら一方的に話したアゲハは、なんとそのまま電話を切ってしまった。

 唖然とした表情のまま、スマホを耳から離した龍太は、バツの悪そうな顔でみこと出央の顔を交互に見る。


 それを見たみこは、はあっとため息をついて、やれやれといった感じで首を横に振った。

「もう、アゲハが何を言ってたのか知らないけど、大体わかるわ。何言ってるのよ、女として出ろって? それってもう政局のために個を犠牲にしろってことじゃない?全然龍太はこの問題について理解がないのね」


「そげんいっちょうとも、まず選挙に勝たなば話にならんぜよ。気持ちはわかるが、ここは飲んでもらわんと」

「じゃあ、もし龍太が女性として立候補しろって言ったら、あなたは納得できるの?」

「何を言ってる、わしは男じゃ! そげんことできるわけないぜよ」

 龍太は思わず声をあげて否定する。


「……同じことなのよ、そのくらいのことを龍太はアゲハにいったの……大体、あなたのモットーは美心まごころを大切にすることだったでしょ。しっかりしてよもう」

 そういわれて龍太は言葉を失った。

 みこの言ってることが通りであった、龍太は焦っていたわけでもないのに政局のことをアゲハの心の問題よりも重視してしまった。


「まあ、私がなんとかアゲハの機嫌はとっておくから、龍太はその間にLGBTの問題について勉強して、アゲハが納得するような作戦を立てなさい。どういう形で立候補させるのか、民自党をどう説得するのか。あなたなら簡単でしょ」

 別に簡単ではない……すごい厄介な話だと龍太は思ったが、黙ってうなずいた。


 外交問題、失われた20年という経済の問題、そして立ちはだかる民政党とそれに加担する勢力、それに加えてLGBTの問題。

 現代の龍馬には考えなければいけない問題が山積みするほどあった。


 龍太には、それは倒幕を目指すことよりもよほど難しい話のように思えた。

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