第25話「アゲハの事情①」

 2010年5月ゴールデンウイークには、アゲハと出央の主導で連日デモが行われた。学生を中心に若者が、渋谷や秋葉原、国会周辺でデモ活動を行い、選挙、被選挙年齢の引き下げを訴えて、マスコミでも大いに話題となった。


 しかしまだ国会は動いていなかった。

 そもそも民自党内で意見を調整することすら難しく、法律を制定するための委員会にまで持っていくことすら大泉はできていなかった。あからさまな反対は誰もしていないものの、ひそかにこの法案を煙たがる人間が多く、調整は難航していた。

 ほぼ、通常国会中に成立させることは難しく、夏休み明けの臨時国会で成立させるしかない。よって勝負は夏だと大泉は感じていた。

 来年までには成立させないと2012年の選挙には間に合わない、焦らなければいけない場面ではないがもたもたすることもできないのである。


 そんな、動きを見せない国会に対して、若者のフラストレーションは徐々に高まりつつあり、出央の主催するSWORDへの参加者、賛同者は今や5万人を超える勢いであった。


「すごい勢いですね、出央さん」

 カオスは出央にそう言いながら、ペットボトルの水を手渡した。

 カオスと出央は行動を共にすることが多い、二人は先ほどまで「SWORD」の集会で集めた3000人の前でトークをしていた。


「それだけ今の政府、そして大人たちに憤りを覚えてるんだよみんな。就職は相変わらず厳しい、就職したところで理不尽なルールを押し付けられて、明るい希望は見えない」

「……確かに今日も20代の参加者より、30代の方のほうが多い感じでしたね。誰か言ってましたね、俺らは高校生まではレールに乗ることを強いられ、大学に入ってからは個性を求められ、社会になってからは会社への忠誠をもとめられてまたレールに乗っかるって」


「それはきついなあ、まあそれでも、江戸時代よりはだいぶ自由だと思うが……そうでもないか、現代人は時間の自由がないもんな。今思えばすごい暇だったよ、あの時代は、日が沈めば仕事なんてないし、こんなにせかせかしてなかった」

 出央の前世は大塩平八郎である、彼の脳には食べるものがなくて苦しんでいた幕末のころの民衆の姿が浮かんでいたが、そうはいっても、そうでないときはみんな自由に暮らしていたと思う。何もなかったが、何もないなりに幸せだった。


「……でもやっぱ現代の自由は素晴らしいですよ。俺たちは圧倒的に毎日がつらかった、わずかに蓄えていたものさえ、幕府に持ってかれてることの辛さを考えたら……確かに現代人ほど仕事はしてなかったです、食べ物に困らないというのは幸せですよ」

 アゲハは島原の民のことを思い出す、あれは地獄の日々であった。特に籠城していた時は訪れる地獄に耐える日々であった。進むも地獄、止まるも地獄で、すすんだ結果に起こした乱であるが、幸い現代においては、進む先に争いはない。

 民主主義は素晴らしい、アゲハはそう実感していた。


「それでは、出央さん俺は収録があるんでこれで……またよろしくお願いします」

「……あぁ、頑張ってな」

 アゲハはそう言って、二人が雑談していたステージ裏から出ていった。それを出央は何ともさびしそうな目で見送った

「アゲハか……」

 ぼつりと出央はアゲハの名を呼ぶ。


 ――最近出央にはふしぎな感情が芽生えていた、アゲハと話している時間がとても楽しくて、一方で別れる時には猛烈な寂しさが襲ってくるのである。まるで恋をしているようであったが、出央にはなんだかよくわからなかった。



 あるとき、出央は「YSK36と沼上昭雄の今だから知りたい日本の政治」にゲストでよばれ、楽屋でみこと龍太と一緒になった。

 YSKの歴史番組に出演するうちに、龍太は聡明な子供としてすっかり人気者になってしまった。


 子役をやるつもりはなかったのに、すっかりそれになってしまい後悔していたが、みこにもやりたくないことをやらせてるのだから文句は言えなかった。

 一方、龍太の母親は、「まったくどうなってるのかしら」と不満を言いながらも、内心は大喜びらしく、近所中、親戚中に自慢しまくっている。

 あと相当な収入が母親の通帳には入ってきてるらしく、気が付くたびに身につけてるものがブランド品に変わっていた。

 

 龍太の母の話はさておき、出央は最近の政治活動についてについて龍太と話をしていた。


「……転生者じゃなくても結構いい人材見つかってます。立候補して戦えるやつが、2,3人はいますね」

「こげん段階から積極的に活動の中心にいようとするんだから、素養は十分ぜよ。それでもやはり転生者がほしい、若くて経験豊富という矛盾をクリアするためにはそれしかないぜよ」


「……なかなかそれは難しそうですね。結局私のあとは転生者は見つからない感じですし」


「いろんなところにアタックしてるんだが、虚言癖ばっかぜよ。まあそんな簡単なもんじゃないのはわかっちょったが……。明治のころは志のある人間は、目立つところに集まっちょったから、すぐ出会えたんだとしみじみ感じるぜよ。現代の方が楽とおもちょったが、違っちょった、現代は情報が多すぎて探せないぜよ」


「……そうですねぇ、それはそうと国会大丈夫ですか? せっかく私とアゲハくんが若者を集めても、20歳法案が通らないと……」


「うーむ、まあ大泉が何とかするとは思うんだがなあ。――あっ、そういえばアゲハと言えば、この間テレビ局であったときおかしかったぜよ」

 龍太は何かを思い出したらしく突然話を変えた。

 化粧をしていたみこが振り返って言う。 


「えっ、アゲハ君がどうかしたの?」

「――あいつ女子トイレから出てきよったんよ。やーい変態ってからかってやったら、すげぇむっとしてたなあ」

「もう龍太、小学生みたいなことしないでよ!」

「わしぁ幼児ぜよ、仕方なかろうが」

「中身はおっさんでしょ、昔からからかうこと好きよねぇ」

「ええがや、べつに」


「――あの、アゲハさんってきれいですよね」

 二人が痴話げんかに講じる中、ぼそっと出央が漏らす。


「何ぜよ、急に変なこといいだしちょうて、気持ち悪いの」

「……まあそうね、きれいな人だと思うわ、すごい顔立ち整ってるもの。さすが天草四郎ね」

「天草四郎ときれいなことに何の因果があるんかや?」

「……現代では天草四郎はきれいじゃなきゃいけないのよ!」

 魔界転生の京本政樹とか知らないの? とみこは言ったが龍太には伝わらなかった。ちなみにその息子の京本大我がジャニーズで、すごくかっこいいんだといっていたが、もちろん龍太は知らなかった。


「そげなものか……それでアゲハがなんじゃっちゅうんか?」

 脱線しそうな話を戻して、龍太は出央に尋ねる。

「……いや本当キレイだなと思って、現代だとあんなきれいな男の人いるんだなあとびっくりしてるんですよ」

「なんやかぁ、まるで恋でもしてるような言いっぷりぜよ」


 冗談で言った龍太だったが、思いもかけない答えが返ってきた。


「……そうかもしれないです」

 出央は思いつめた表情で、小さくそう言った。


 当然、龍太は驚く。

「なんだって!?」


 一方のみこに驚いた表情は見られない。

「……出央さんは結構一緒にいるものねぇ」

「だからと言って、アゲハは男ぜよ、わしゃあ同性愛は好かんぜよ」

 あきれ顔で出央の方をみる龍太。


「そ、そうですよね、すいません変なこと言って。ちょっとなやんでまして」

 出央は恥ずかしそうに、顔を下に向ける。


 そこで意外そうに声をあげたのはみこだった。

「えっ、アゲハは女の子だよ、しらなかったの?」

 

 みこはとんでもない事実を二人に告げるのだった。

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