第24話「みこ旋風」
朝生の放送後、帰り支度をするみこの元に、大泉と意外な人物が訪ねてきた。
「いやあ、神野さんなかなか見事な立ち回りだったね」
「あれ、谷原さん! なんで?」
やってきたのは、終始不機嫌そうにみこの対応をしていた谷原だった。番組内では結果として、みこにいいようにやられてしまった形なので、さぞかし立腹してるのだろうと思ったのだが。
「役者でしょう、谷原さんは……こっちのお願い通りに動いてくれました。ありがたかったです」
そうやっていうのは、大泉である。二人ともわずかに笑みを浮かべながらみこを見ている。先ほどまでの緊張感はない。
「えっ、じゃあ、谷原さんはわざと私と対立する感じで話を進めてたんですか?」
みこは驚き、谷原はその疑問にやはりご機嫌な様子で返した。
「大泉君から話があってね、アイドルで政治を真剣に考えてる子がいるっていうから、それだったら僕が悪役になったほうが面白いんじゃないかと思ってねぇ」
「谷原さんは普段、若い人にあんなに厳しく当たらないよ。YKSも孫がファンだからよく知ってるらしいよ」
先ほどまでのやり取りは大泉によるシナリオで成り立っていたことが判明した。それならそうと早く言ってくれればいいのにと、みこは思ったが、「知らない方が絶対にいい動きをすると思った」と大泉は言った。実際相当、みこは素の感情で谷原に向かっていったのである。
「それにしてもどちらかと言えば谷原さんは、民政党を応援してるのかと思いました、民自党を応援してくれてたんですか?」
「いや、僕はあくまでフェアだよ、しいて言えば面白くなりそうな方に誘導するだけで、今回は君たちをいかに目立たせるかが、僕の仕事だと思ったんだよ。今回は視聴率が楽しみだね」
どうやら、天晴会の動きで谷原が動いたわけではないらしい。
「それにしては、大泉さんと親しげですけど……」
大泉から話を受けてる点や、こうして帰りに一緒にあいさつに来る点を考えても天晴会関係者だとみこは思った。
「僕が個人的に大泉君を応援してるんだよ、いずれは彼が総理になるだろう。もちろんテレビでは中立を演じるけどね、裏ではまあ大泉君を応援するし、君たちのことも応援するよ」
「あ、ありがとうございます」
「……大変なのはこれからだ。世論も賛成ばかりではない、バッシングも多いだろう。それに民自党内部からの攻撃も少なからずあるはずだ。めげずに頑張ってね」
谷原はそう言って、みこに握手を求める。
「ありがとうございます」
みこはそれに応じてがっしりと手を握った。YSKの握手会よりもはっきりと力強い握手であった。
そうして、その場を去ろうとした谷原だったが、ふと立ち止まり振り返った。
「あ、そうだそうだ、みこちゃん」
何かを谷原は忘れていたらしい。
「なんですか、谷原さん」
「サインちょうだい、孫にあげるから」
※ ※ ※
さて、放送翌日からしばらくは神野みこ旋風ともいうべき事態がテレビの中では起きていた。連日、昼間のワイドショーなどに呼び出され、政治信念や今後どうしたいかをみこは尋ねられていた。
またすでにデモ活動などを行っていた荒木出央も、20歳被選挙権成立実現に向けて今どうやって動いているのか、定期的にテレビに出演して、その意見を求められるようになっていた。
そして、そういういきさつもあって、政治系のレギュラー番組がYSKのために作られた。
それが「YSK36と沼上昭雄の今だから知りたい日本の政治」であり、、子供代表として龍太とカオスも呼ばれていた。
久しぶりに3人は集まって楽屋でトークをしていた。
「ねぇ、龍太。まじでめんどくさいんだけど今のポジション……どうしてくれるの?」
龍太は再びみこの膝の上に座らされていた。頭がちょうどみこの張りのある胸のあたりにぶつかる。みこは怒ってるようであるが、さっきからずっと、龍太の頭をなでなでしている。もはや龍太は小動物のように扱われていた。
「そげんいっても、むしろここまで反響があることを喜ぶべきぜよ。忙しいのは仕方ないがあ」
龍太は撫でられるのを心底いやそうに受け止めていたが、断ることはできなかった。
「分かってるの本当に? もう政治とか、選挙のことばっかでやんになっちゃう。全然歌とか踊りとかしてないんだよ。私だけ練習にも参加できないし、ねぇ、本来のファン減ってるんで、す、け、ど?」
言葉に明らかな怒りが込められる、そして撫でていた手が龍太の髪を強くつかんだ。
「っ、痛いぜよ。我慢してくれ、それにファンは前よりむしろ増えたらしいじゃないか。そげん怒ることなか?」
「増えた、増えましたよ2倍くらいね。おっさんばっかだけどね!」
みこの怒りは収まらない、みこ自身影響を甘く見ていた。4月の時点で政治系のレギュラー番組が一本、去年からやってる歴史の番組、それからワイドショーのコメンテーター、さらに、知性を買われてクイズ番組のレギュラーも決まっていた。
一方本業のアイドル活動は遠ざかる一方だった。
「まあまあ、みこさん。依然目指すといってた和田アキ子への道は近づいてるじゃないですか?」
このカオスの余計な一言がさらにみこに火をつける。
「あ、の、ね、あのポジションは私が40過ぎてからでいいの? 私は20後半まではひたすらかわいいとかセクシーって言われたいの! 写真集とかも出して、ちょっと過激な奴で童貞どもの心をわしづかみにしようと思ってたのに、こんだけ知的イメージついたらもう写真集とかも、私服だらけのどうしようもないのになるに決まってるわ!」
「……そんな願望が……、いや水着姿とかにならんで済むならええじゃないか……」
力なく龍太は意見を述べるが、
「分かってないわ! わらわは現世のスタイルが最もいいのじゃ!自分でもほれぼれするくらいにのう、こんなの見せつけるしか無かろう? 女の子からもみこちゃん素敵って言われるのに決まってるのじゃ、最高だと思わぬか?」
となぜか「わらわ」口調で返された。もはや、二人には、女帝として日本の歴史に君臨し続けたみこ、いや卑弥呼の気持ちは察しようがなかった。
「本当につまらないわ、総選挙だって2位の子に抜かれちゃうかも……」
そういうとみこは、龍太の頭を抱き込んで自分の顔を龍太の頭に乗せる。龍太の口元はみこの腕によってふさがれる。
「……く、苦しいぜよ。……みこ気持ちはわかるが、わしらのためなんじゃ、分かっっとろうちや?」
何とか、空気を確保して龍太は答えた。
「……わかってる、分かってるけど愚痴くらい言わせてよ……。とりあえず、しばらく二人は私の奴隷だからね。何でも言うこと聞くのよ、いい?」
とんでもない要求を急きょ、みこはしてきた。
二人は顔を見合わせて、何も言えない。何も言えなくて春だった。
「返事は?」
どすの利いた声でみこは二人に回答を迫る。
お互いに顔を見あわせて、お互いに顔があきらめの表情であることを察した。
「「はい、わかりました」」
二人に拒否権は存在しなかった。
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