第23話「桶狭間の戦い」

 大阪にある高級ホテル。

 ――ではなく、誰が利用するんだというくらい外見がみすぼらしい、街はずれ旅館に川上はいた。

 旅館の主と川上は旧知の中であり、旅館の主はかつての芸能人時代の川上の秘書を務めていたこともある男だ。

 旅館は外観のみすぼらしさとは似ても似つかない位のきらびやかさを誇っており、内装には金があしらわれた屏風が飾ってあったり、著名な日本画家の作品が飾られていた。

 さらには洋間のベッドは最高級のものであり、はじめはとんでもないところに連れてこられたと思った山西クリスタルだったが、中身を見て、これは川上が特別に設計させたホテルなんだと察した。

 素敵なホテルだったが、若干きらびやかが過ぎるのは、あまりの外観とのギャップからそう思うだけだろうかと山西は思ったが、単純に信長こと川上の趣味であるのは言うまでもない。



 ことがすみ、二人はベッドの中、半身を起こした川上はベッドの上で、煙草をくわえ、天井を見つめていた。

「……で、誰の差し金だ? 民自党の麻野か? いや、民政党の大沢だろうな。古い手を使うものだ」

 天井を見つめたあきれたように、クリスタルに詰問する。

「川上さん、ちょっと何を言ってるのか……」

「……とぼけるか、まあいい」

 タバコの火をサイドテーブルの灰皿で消すと、再び体を横にして寝そべっているクリスタルの顔の目の前に自信の顔を近づけた。

「……どっちの差し金でもいいさ、すべて捨てて私のところへ来い」

 川上はクリスタルの首の後ろに手をまわすと、すぐに唇を奪いにかかった。クリスタルもそれを素直に受け入れる。

 だが、はっと冷静になり顔を川上から引き離した。

「どういう意味だか分かりません、どちらの差し金でもありません。ずっと川上さんおことを慕っていました」

「ふぅ……女の嘘を見破る趣味はないとはいえ、そんなにこの川上が甘い男だと思ってるのか」


「……ひどい、じゃあどういうつもりで私を抱いたのですか?」

 涙交じりの声で、クリスタルは目で川上に訴えかける。

「抱きたいからだ……もちろん、その蜜が毒と分かっても吸ってしまうが、男の性……。大澤には、もっと深く入り込むために俺の女になったと報告しておけ」

「だから……!?」


 弁明しようとするクリスタルの唇を再び強引に唇でふさぐと、信長……いや川上の手はクリスタルの全身中を探求し始めた。

 信長の手がクリスタルの桶狭間に触れると、クリスタルももはや合戦を止められず、信長の火縄銃に手が伸びる。

 信長がクリスタルのそびえたつ双山である鳶ヶ巣山を攻めだすと、クリスタルもそれを受け入れ、戦いは桶狭間から長篠の戦へと移行しようとしていた。

 信長の火縄銃は三段うちの構えを見せており、クリスタルはあえてそれを受け入れ突撃しようとする。信長の戦いの集大成がいま、この場で行われようとしていた。


 その夜合戦は何度も繰り返された、勝利も敗北もないまま二人の合戦は夜が明けるまで続いた。


「川上さん、お強いのですね……こんなの初めてです」

「ふふっ、私も満足だよ、こんなに熱くなった夜は久しぶりだ」

「大丈夫ですの今日のお仕事は?」

「なに、連戦にはなれている……。また、会えるだろう、クリスタル……」

 そういって、もう一度川上はクリスタルにキスをする。


「えぇ……川上さん……」

 クリスタルは何か言いたそうにうっとりと川上を見つめた。

「どうした?」

「お察しの通りです、民政党の指示でここに来ました」

 わずかながら声を震わせながら、クリスタルは真実を川上に告げた。

「……そうか、君ほどの人気アナがなぜこんなことを? 何か弱みでもあるのか?」


「大澤さんの女なんです、私。あの人に拾われましたし、ここまでの地位になったのもあの人のおかげ、でも、あの人のために好きでもない男とたくさん寝ました。わたし、あの人の道具なんです」

 そういうとダムが堰を切ったようにクリスタルは泣き出して、川上の胸元にその顔を預けた。

「そうか……ひどい男だ、いまも好きなのか?」

「もともと……好きとかって感情があるわけじゃないです。ただあの人に従うことが私の生きる道だと思ってたんで……でも川上さんのせいで、私はどうしたら」

「どうもこうもない、私についてくれば良い」

「そんな、簡単に言わないでください……いまさら、今の地位を全部捨てたりできません」

「私が守る、お前のすべてを」

「……そんな川上さんには奥さんだっているじゃないですか。無責任な恋にすべて預けろっていうんですか、とても無理です」

「妻がいるかどうかは考える必要はない、私はクリスタルを放っておけないし、そして私には大澤と戦う力がある、それに……」

 それに、と言いかけて、川上は再び体を起こして、煙草に火をつける。」

「それに……なんですか?」

 ふぅーっと紫煙を吐き出した後、川上は続ける。

「君にも私を助けてほしい、君の力があれば民政党を倒せる。君に私が必要な以上に、私が君を欲している」

「私を……」

「そうだ、君を」

 そういって川上は再びゆっくりと顔をクリスタルに近づけた。

 クリスタルはそれを受け入れて、お互いの唇を絡ませ始める。


 この後の二人はどうなるであろうか。

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