第16話「大澤三郎と民政党①」


「ええ、まあ予想通りです。川上もおそらく前世の記憶を持つものリンクサバイバーでしょう。我々の側につかなかったのは残念ですが、天晴会でもなさそうです、問題ありません」

男は、暗い部屋の中で何者かと電話している。


「ええ、ええ、重々承知しています。例の法案も、会期中には無理やり通しますのでご安心ください」

電話の相手が誰かはわからないが、その男にとって目上の存在であることは間違いがなさそうだ。

「ああ、烏山首相からすやまですか……確かに心配ですが、国民人気があるうちは利用してやりましょう。逆に無能であるからこそ使いやすいのですよ。義満様のおっしゃる通りです、では、また」


 そう言って男は電話を切った、すぐさまに葉巻に火をつけて、煙を部屋中にたゆらせた。男はぼそりと独り言を言う。

「……義満はやはり心配性だな。いまさら川上が何とかしようとしても手遅れだというのがわからないのだろうか。まあ不安もわからないではないが」


 この男の名は大澤三郎、民政党の幹事長にして実質上の頂点。民政党の党首は内閣総理大臣でもある烏山一葉からすやまかずはであったが、完全にお飾りであって、彼は大澤の意向に沿って、発言や政策を打ち出してるに過ぎない。

 

 かつて大澤は民自党の人間であった、民自党の人間として長く西郷隆盛であった角野総理の下で働いていたが、角野の死後、民自党の党首争いに敗れると、彼は民自党を去り自らの政党を作った。その後紆余曲折があり、現在民政党の幹事長のポジションに収まっている。


 大澤にもちろん前世があるのだが、彼は民自党時代に天晴会に入ることは許されなかった、いやそもそも彼は天晴会の存在を知らなかった。彼は自分に前世があることを誰にも言わなかったし、また同時に同じような人に出会うこともなかった。

 ただただ、彼は再び日本を自分の手に入れたいと思っていた。


 そんな彼が天晴会、そして世の中には前世の記憶を持つものリンクサバイバーがいるということを知ったのは、先ほどの電話の主が大澤にそのことを教えたからである。

 そこで始めて大澤は自分が党首選で敗れた理由を知った、圧倒的に多数が自分を支持するものと思っていたのに、そうはならなかった、何か大きな力が働いて破れたような気がしていたのだ。

 

 そして大澤は先ほどの電話の主と結託することを決めた。

 

 大澤は日本を自分の手中に収めたかった。そして電話の男、足利義満には、やがて日本を大中華帝国の一つとして取り込みたいという強い意志があった。二人の思惑は一致した。大澤にとっては日本を手中に収めることが大切であって、日本を守ることはどうでもよかった。


 そして90年代後半に大澤は新党を立ち上げるとともに、前世の記憶を持つものを探し回る作業に没頭し、また、義満が見出していた人物とも合流し、大澤は組織をどんどん拡大させていった。

 一方天晴会は、2000年代以降弱体化していく一方であった。2000年代初頭には、民自党にカリスマのある首相が現れ、民自党旋風が吹き荒れたが、あれは、政治のことを知らない男だと大澤は思っていた。

 特に大局を見据えることのできるというわけではなく、ただパフォーマンスに優れただけの政治家であると。

 ゆえに大澤はこれは一過性のものであると確信しており、ひたすらに政権奪取の機会をまったのだ。

 そしてそのパフォーマンスの男こそ、大泉純の父親であり、大泉宗次郎である。大泉旋風の間、民自党ははっきり言って、うかれきっており弱体化していた。選挙活動も大変いい加減なものだったし、マスコミや官僚への根回しもかなり雑なものになっていた。

 

 その間に、大澤は全国を巡り候補者やそして、リンクサバイバーを探し出して、さらにマスコミなどに、自らの意思に従う者やシンパを増やし、どんどん送り込んでいった。天晴会のような歴史もなく、そしてネットワークもない大澤にとって、それは難しい作業だったが、なぜだか義満が手際よく大澤を導いて、首尾はは上々であった。

 また大澤はそういった根回しなどの地道な活動を得意としていた。


 戦国時代から誰よりも状況を見る事を得意としており、数十手先までをよんで物事を考え行動してきた。権謀術数にも優れ、また周囲のスタッフも同様であった。

 大澤は、大泉宗次郎が台頭した瞬間にこれが機であると悟った。大泉の改革は、改革という名のアメリカへの迎合にほかならず、民政党に風が吹くきっかけになるとふんでいた。


 そして事実、その後民自党はよわり、いま大澤の目論見通り、民政党は政権を握り、ほぼほぼ日本は大澤の手中にあるといって良かった。


 さて大澤が葉巻を加えていると、とんとんと扉をたたく小野があった。

琢野たくのです、入ります」

「おう」

 入ってきたのは現政府の官房長官の琢野幸たくのみゆきである。琢野幸は大澤が作る組織のナンバー2であり、やはり大澤同様に、転生の記憶がある男であった。首相である烏山は、まったくその辺の事情を知らず、実質的に現内閣を運営しているのは琢野官房長官であった。


「義満様の電話は何でしたか? やはり、川上の一件ですか?」

 そう尋ねながら、ゆっくりと部屋のど真ん中にある革張りのソファーに腰をかけた。

「心配性だよ、さすがにあの人は……。川上一人が騒いだところでどうにかなるもんでもなし、いまや我々の力は、官僚やマスコミに相当及んでいる。川上も威勢のいいのは今のうちだろう」


「ほほほ、そうだといいのですけどね。私も心配性なもので、早速、仕掛けはうたせていただきましたよ。あの人川上も失言の多いお方だ、早々にマスコミの餌食になるでしょう」

「なんだ、なにかスクープでもつかんだのか」

「……ハニートラップはすでに仕込ませていただいております。マスコミをにぎわせるのも時間の問題かと」


「ふふふっ、さすがは道鏡どうきょう……。恐ろしい男だな、何人の民自党議員がいったいお前の罠にかかったことか」

 琢野官房長官は、日本のラスプーチンと評されたこともある、奈良時代の怪僧「道鏡」であった。道鏡は僧でありながら巧みな話術で天皇に取り入ると、奈良時代の朝廷を思うがままに操ったとされている。

 結果、奈良時代において朝廷は深く仏教の影響を受けるようになり、それを嫌った桓武天皇が、平安京に都を移したといわれている。


「しかし大澤様、あまり川上を見くびらないほうがいいかもしれません。おそらくやつもリンクサバイバーです。正体を探ったほうがいいかもしれません、大体の見当はついていますが、もし想像通りだとしたら、大澤様にとっては因縁の間になると思いますよ、もちろん私もですが」

 そのように、琢野がいうと、大澤は葉巻を口からはなし、灰皿に押し付けて、その火を消した。

「……川上は誰だというんだ、官兵衛?」

 どすの利いた声で大澤は琢野に尋ねる。大澤は琢野のことを今度は道鏡ではなく、官兵衛とよんだ。


「……お察しの通り、右府殿おだのぶながかと思います、秀吉様……」


 民政党の幹事長にして、義満が裏で操る天晴会と同様の転生者による組織

「黄金組」のナンバー2は、かつてとして、全国統一を成し遂げた男であった。彼はいま再び、天下を取り、日本をその手中におさめていた。




 



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