第13話「進撃の川上徹哉」

「どうも初めまして川上さん、大泉です」

「初めまして……ではないんですよ、一度お見かけしてます」

「はは、そうでしたね、あの時は挨拶もしてませんが」


 大泉は大阪府庁舎の知事室にて、川上府知事との面会を果たしていた。二人はしっかり握手を交わすと、知事室のソファーにお互いに腰をかけた。今日の会合はほぼプライベートなものに近いためマスコミなどは一切入っておらず、お互いの秘書が同席してるだけである。


「わざわざ、大阪まで来ていただいてありがとうございます。てっきり民自党さんは僕になんか興味がないと思ってましたよ」

 皮肉たっぷりに川上は言った、選挙の時に散々民自党にあることないこと中傷されたことを川上は忘れていなかった。


「いやいや興味ないわけないじゃないですか、ここまで大胆に改革を行われた川上さん、我々も敬意をもっていつも見てますよ。いや、実際凄い、正直今まで大坂民自党は何をやってたのかというレベルでね。オフレコですが、正直なところ大阪民自党にはがっかりしてるわけですよ」

 大泉ははあっとため息をつき、ほんとうに落胆したような表情をする。


「そんなこと言って大丈夫ですか? 民自党の方は本当そういう物言いが得意ですね。思わずこっちも引き込まれそうになります」

「まあ、実際ね、ほんとうは川上さんにはうちから出てほしかったわけですし、選挙の時は戦いだったからあれですけど、今はノーサイドでお願いしたいですね」

「はっはは、まあそりゃあ、ノーサイドで行きたいですけどね、議会の大坂民自の人はそんな甘くないですわ、それこそ何とかなりませんか、大泉さん」

 口では笑ってはいるものの、決して心からの笑いではない事は大泉にも容易にわかる。


「何とかなりますよ、民自党に入ったらどうですか?川上さん」

 笑顔を見せながら冗談ともそうじゃないともつかないような提案を大泉はする。

「くくくくっ、それこそご冗談を、天地がひっくり返ってもそんなことはないですわ、大泉さん。わかってるでしょう、その気なら、あの時の提案を受けていますよ。冗談がきついですわ」

 今回は先程とは違いギューッと顔をつぶしたように笑顔を見せる川上である、何が面白いのかはわからないが先ほどよりは感情が表に出ている


「あながち冗談でもないんですけどね……お話したいことがあります。知事、二人きりになれませんか」

 大泉はそうやって真顔で提案をする。大泉は要は、秘書をこの席から外せとそういうつもりで言った。


「……そうですか、それは構いませんが、でしたらここではない部屋のほうがいいでしょう」

 そう言って、川上は目配せで秘書を部屋から外に出した。それに続いて、大泉も秘書に外に出るように指示をした。そして川上は立ち上がっていう。


「私についてきてください、いい場所があります」

 そう言って、川上は知事の部屋の角の方に向かっていった、そこにはわずかではあるが人が一人くらい通れるわずかな隙間があり、川上はそこを通っていた。大泉もその狭い隙間に続いていく、そこを抜けると、畳一畳程度の空間が広がっていった。


「構造のミスなんでしょうなあ、なぜか知事室にはこんな部屋がありましてね。まあ知事室はもちろん禁煙なんで、隠れて吸いたい時はここで吸う様にしてるんですわ」

「面白いですね、こんな構造ミスがあるなんて、施工会社に文句は?」

「ははは、言いませんわそんなこと。もしかすると前の府知事の指示かもしれんし何かと便利ですからね。案外知事室には盗聴器とかがしかけられたりもしてて、秘密の話をするときには結構この空間は便利なんですわ」

 そういうと、川上は胸ポケットから、タバコを取り出す。

「どうです、大泉さんも一本」

「……いただきましょう、大阪に来てから一本も吸ってないもので」


「喫煙者にはつらい世の中ですなあ」

「党内でも禁煙を進めるような法案がバンバン進んでます」

「……さて、話したいこととは何ですか?」

 川上はまだ半分は残っているタバコの火を携帯灰皿に押し付けて火を消すと、大泉にややぶっきらぼうな物言いで訪ねてきた。


「……少し変な話になりますが、川上さんは前世とか、輪廻転生みたいな話を信じますか?」

 神妙な面持ちで、大泉は尋ねる。


「はは、こらまた唐突ですなあ、大泉さんは宗教関係の党に鞍替えですか?」

 口では冗談めいた事を言ってるが川上の眼光は鋭く、大泉の真意を探ってるようでもあった。


「冗談というわけでもなくてですね、世の中には本当に前世の記憶をもって生まれてきた人間がいるのではないかというお話ですよ」

「……何を言うかと思えば、わざわざ人払いをしてまでするような話題ですかそれが」

 やれやれといったような表情を見せる川上であった、どうやら大泉の勘は外れたのか、しかし、まだジャブ程度の会話しかしていない。大泉はさらに話をつづけた。


「例えば、弥生時代の話とか、平安時代の話とかがなぜあんなにも正確に書かれているのか。それはただ、文書で残されてたからだけだとするなら、あまりに不自然だと思いませんか」

「……ふーん、歴史談義ですか。嫌いではないですよ、少しお付き合いしますわ。歴史が正確かどうかは怪しいと僕は正直思っております。例えば『本能寺の変』。僕なんかは真相は他にあるんじゃないかと思っとりますわ」

「ほう、興味深い……。それはまたどんな」


「明智光秀は秀吉に騙されたんじゃないかと思っとりますわ。よく言われてる話ですが、光秀をたきつけたのは秀吉で、そして裏切って、天下取りのきっかけにしたんじゃないかと」

「川上先生は、光秀お好きなんですか?」

「秀吉が嫌いなんですわ」


「なるほど、私もそういうのはたくさんありますよ。特に昭和初期あたりの歴史ですかね、犬養毅が暗殺された理由……、あれは海軍のせいと言われていますが、真実は他にあると思っています。もっと言えば関東軍の真実も別にあったとそう思っています」

「……さすがにそんな近い時代の歴史がそこまで曲解されて伝わったりしますかな」

 川上は首をかしげる。

「曲解させたんですよ我々が……、 真実を変えて後世に伝えているんです」

 大泉はいたって真剣な目つきで、川上の目を見ながらそう言った。


「それはどういうことですか? あなたがたが歴史を曲げたと?」

「そう、私どもはそういう組織です。私は明治時代西園寺公望さいおんじきんもちとして活動をしていた男です。失礼、おかしい人などと思ってほしくない、これは紛れもない事実で、今またこうして現世でも政治を行っています」


「前世が、西園寺公望ですと……」

 川上は笑わずに答える、真剣に話を受け止めているようだった。


「そう、そして、私はこう思ってる。川上知事、あなたにも前世の記憶があるのではないかと、あなたは転生人に違いない! どうですか?」

 大泉が自身をを西園寺だと打ち明けた時点で、大泉には川上が何らかの前世があるものと確信していた、そうでなければ茶番のような話に付き合うはずがない。


 少しの間が開く……。


 すると高笑いしながら川上は、

「ははは、実に面白い! そうか、そうであったか。やはり私以外にも前世の記憶をもつものが居ったか!? いかにも……私には、前世の記憶がある。大泉殿が申す通りじゃ!」

 と言った。


「やはりですか、私の考えに間違いはなかった」

「何をうれしそうな顔をしてるんかのう? お前らみたいな同じような人間達が徒党を組んで歴史を作っていたということだろう? ふはっは。まっこと愉快だがや! なぜ、こんなにも長い間、民自党が政権を握り続けたのか? そして、日本が高度経済成長を遂げたのか、すべて謎が解けた。おぬしらのせいであったか」

 そういいながら川上は、まるで手に扇を持つような形で、ひらひらと手を振り始めた。大泉はそれに答えて言う。


「……川上知事、そうあなたは一人ではないのです。同じ前世の記憶を持つとして、ぜひ、この日本をもう一度強い日本としてよみがえらせるため、ぜひ我々と志を共にしていただきたい」

 そういって、大泉は右手を川上に差し出した。彼の作戦では、今後のためのあつい握手が交わされるはずであった。

 しかし、川上は自らの手を差し出さなかった。ただひたすら、手をひらひらと舞い続けさせた。


「大泉殿、あなたが正直に素性を言った故、私も正直に自分を語ろう。我が名は、よくご存じの通り、覇王となるべくして生まれた男よ!」

「……織田信長……!?」

 聞いた瞬間、大泉は嫌な予感しかしなかった。そうもっとも厄介な男とコンタクトしてしまったと。


「そうだぎゃ……我こそ信長ぞ。お主らが徒党を組んで歴史を作ったというならば、わしはその歴史を変えて見せようぞ。おぬしらと手を組むなど絶対にありえん。わしは大阪を変えるだけでもいいと思っとったが、話は変わった!全力をもってお前らに立ちはだかろう!」

 そういいながら川上は手の舞をやめ、大泉に向かって鋭い眼光を見せつけながら、しかし笑顔で顔を大泉にぐっと近づけた。

 大泉は瞬間たじろいてしまった。

「……信長殿!? 改めてください、我々はむしろ共感できる部分の方が多いはず」

 そうやって、大泉は織田信長をいさめようとしたが、心の中ではこれが無駄であるし、今回の面談が彼にとって最大の蹉跌さてつであったということは重々承知していた。


「わしは、明日から、日本革新同盟を結成する! 楽しみじゃなあ、大泉。3年後の選挙、民政党も民自党もすべて叩き潰してくれようぞ!」

 そういって、なぜか握手を求めて川上は大泉に手を差し伸べた。

 

 大泉は手を取らず、だまって知事室を立ち去った。

 天晴会にとって最大の敵が、この瞬間生まれたのかもしれなかった。

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