第10話「忠常鳳」

 ぽこにゃんこと、本名忠常鳳ただつねあげはは福島県の大学に通う大学生である。お世辞にも受験に成功したとはいいがたく、志望校のレベルを落としまくって今の大学に入学した。

 高校時代はアニオタとして過ごすも、意外にも中学の友達の影響ですこしバンド活動をしてみたこともある。しかし、やはり少しヤンキー気味な友達とはそりが合わなくてすぐやめた。

 なぜそんなあげはが誘われたかというと、彼は幼少期からピアノをならっていたからである。

 

 行きたくもない大学に来たということもあり、あまり友達もできず、もちろん恋人もできず、20歳になるものの大して楽しくもない人生だなあと思うようになっていた。


 また、大学生になってからは酒を飲むようになり、そして家族から離れたことで、寂しさからなのか、昔見ていた悪夢を頻繁になるようになっていた。

 それは、自分の周りで虐殺されていく農民たちの姿であった。城に立てこもる自分たちの食糧は徐々になくなっていき、周囲には餓死者が積み重なっていく。そしてある日、突入してきた侍たちが自分たちを血祭りにあげていくのだ。


 この夢を鳳は何度も見た。

 何がつらいのかというと、この夢で、自分は農民たちのリーダーであったのだ。そして、その農民たちに常に罵倒されるのである、「なぜこんな戦いを起こしたのだ?」とと。

 そして、そこでいつも目を覚ます。

 そして自答するのだ「俺はいったい何のためにあの戦争を起こしたのか?いや俺は何者なのだと」

 子供のころにはわからなかったが、大学生のころにはさすがにこの夢が島原の乱であろうということがわかっていた。


 そして、日々思うようになっていた、「自分は天草四郎ではなかっただろうか」と。


 なぜか、天草四郎としての記憶が断片的に思い浮かぶようになっていった。しかし、彼には相談できる相手もいなかったし、また相談するつもりもなかった、リアリストな彼は自分が精神的な病気の何かではないかと考えるようになり、ますます暗くなっていった。


 そんな彼を変えたのがボーカロイドというソフトであった。ボーカロイドとは、コンピュータに歌を歌わせるソフトであるのだが、突如スマイル動画等で活躍するボーカロイド初音ミクの姿を見て、感動するとともに、自分でも作ってみたいと思うようになった。

 当時はまだ高価であったが、すぐに買い求め必死に勉強した。


 そして自分の思いをボーカロイドに乗せるようになった。思いとは、自分が胸に抱える天草四郎としての人格をもつことの葛藤、アゲハは自分が二重人格なのかもしれないと考えていた。

 そしてもちろん、徳川への恨み、自分を指導者として祭り上げた、父や取り巻きの人間たちへの恨みである。


 動画サイトにアップし続けると、徐々に人気が出るようになっていき、一部のスマイル動画のユーザーにカリスマ的人気を得るようになっていったと本人は思っている。ちなみにアゲハへの評価は「歌詞はよくわからないけど、曲がすごくいい」というものであったりする。


 つまりアゲハはただの大学生であったし、趣味程度でボーカロイドをいじっていただけである。

 ただの大学生であったが、20歳の11月末に、信じられない連絡がアゲハの元に舞い込んできて、すべてがかわることになる。


 それはメールで、スマイル動画の運営部を通して送られてきた。

『YSK36のプロデューサーが、あなたの動画を見て、ぜひ楽曲を提供してほしいといっています。ぜひ一度お会いしませんか』

 というものだった。


 最初は迷惑メールの一つだと思ったが、まあ、だまされたところで何か失うわけじゃないし、メールに記載されてる電話番号にかけてみることにした。

 

 なんとこの話はマジだった。

 アゲハは天にも昇る心地であった、人生で一番の高揚感を得ていた。その高揚感は、夢で見る三万人の農民たちの前に立って、声をあげているときよりもすごいものであった。



「初めまして、ぽこにゃんさん、いえ、忠常鳳ただつねあげはさん。YSKの神野みこです」

 電話をして数日後、てっきり自分が東京に行くんだろうと思っていたが、意外にもYSKの人が自宅に来ることになった。


 そして、玄関のドアを開けてあらわれた人物はプロデューサーではなく、なんと本物のYSKセンター神野みこであったのだ。

 そしてなぜかその隣には、まだ小学生にも上がっていないだろうという少年が立っていた。


「な、なんでみこちゃん本人が!プ、プロデューサーさんは?」

「プロデューサーが来るのはまた後、今日は私たちがお話があるの」

「は、話って?」


「とりあえず上がっていいかしら?」

「あ、ええと、どうぞ、いや、ちょっと部屋片付いてないんで、だめです、あぁ、勝手に上がらないで」 

 みこはアゲハの返事を待たずに、ブーツを脱いで、部屋に上っていった。龍太もそれに続く。みこはアゲハより年下のはずであるが、芸能人パワーに押されて、アゲハはされるがままであった。


「別に散らかってないじゃない?大学生の部屋なんてもっと乱雑でもいいのに」

 そういうと、みこは勝手に上にゲームソフトやら、酒の空き缶やらが並んでるこたつの中に入っていった。龍太もそれに合わせて、こたつへと続く。


あわてて、アゲハはこたつに向かうと、机の上にある空き缶の類とか、無造作に転がっているグラビア雑誌とかを片づけるのだった。


「あの、話って何ですか。まさか本物のみこちゃんが俺の家に来るなんて、作曲の話ですよね」

 ごみを片づけながら、アゲハはみこに尋ねる。


「まあ、座ってください、アゲハさん。大事な話ですから」

 そうやって話をするのは、みこではなく隣に座る少年であった。いったいこの組み合わせは何だろうと、アゲハは不思議に思ったが、現役のアイドルが目の前にいる事実に困惑するばかりで、考えはまとまらなかった。


 とりあえず言われるがままに、アゲハは自分もこたつの中に入ることにした。ところで11月にこたつが出てたわけだが、アゲハは1年中こたつを出したままであり、そういえばこたつ布団もぜんぜん干したりはしてないのだが、そんなところにアイドルが身体を入れてると思うと、アゲハは罪悪感を感じるとともに、いささかの興奮を覚えた。


「あの、忠常さん、あなたの歌詞にはやたら徳川への恨みとか、一揆をおこした農民の無念が書いてあるんですが、何かイメージみたいなものはあるんですか?」


「あれ、俺の歌詞についてなんですか? てっきり曲の方かと思ったんですが……。曲はいいけど歌詞が残念ってよく言われてるんですよ」

「そうです、歌詞に興味があるんです。どういうつもりであの歌詞を……?」


 みこは、神妙な面持ちで訪ねた。一体、何をそんなに気になることがあるんだろうとアゲハは思ったがとりあえずは素直に話すことにした。


「あぁ、夢を見るんですよ俺。なんていうか、俺が島原の乱に居合わせたみたいな夢なんだけど、あまりにも見るもんだから、その思いを歌詞にしたいなあって思って」


「居合わせただけなの?」


「いや、まあ恥ずかしい話だけど、夢の中では俺は天草四郎なんですよ?知ってますか天草四郎時貞、まぁ益田四郎っていう方がなぜかしっくりくるんだけど、みこちゃん歴史好きって言ってたから大丈夫かな。なんていうか、四郎が体験したことが全部わかるみたいなそんな感覚があって、それを伝えようと思ったら、こんな歌詞ができたんです。だからまぁ、歌詞は天草四郎として書いた感じですかねぇ。なんだかね、とにかく徳川が憎いんですよ」


 ここで、みこは龍太に目配せをした。龍太はただこくりとうなずいた。


「ひょっとしてあなたには、本当に自分が天草四郎本人だっていう感覚はないかしら」


 みこがそう尋ねた瞬間、アゲハの背筋をぞっと走るふしぎな感覚があった。「本当に自分が天草四郎である」、ずっとアゲハが思っていたことではあったが、また同時にアゲハが誰にも話さず抑え込んでいた思いでもあった。


「……み、みこちゃんいったい何を訳の分からないことを言うんですか。俺が天草四郎ですって?なんの冗談ですか」

「正直に答えてほしい、君が見てる夢とか、あるいは君が普段から感じてる思いに、なにかもやもやとした感情はないか。本当の自分が他にあるようなそんな感情はないだろうか」

 そういったのは、隣の少年、龍太だった。 

 アゲハはわけがわからなくなる、なぜこの人たちは自分の感情をズバズバ言い当てるのだろう。確かにおかしな感覚がある、自分は間違いなく天草四郎だったと、そう思う時がある。

 だがそれをアゲハは今まで常識というルールで抑え込んできていた。


「ある、たしかに俺には自分が、天草四郎だという意識があります。でもなんで?」

 頭を手で抱えながら、心の声をアゲハは振り絞った。そして少年は答える。


「……安心してほしい。君は間違ってないぜよ。生まれ変わりは存在する。わしは坂本龍馬で、彼女は卑弥呼だった。良ければ、君のための長い話を今からしようぜよ」


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