第6話「龍太とみこ」
龍太と麻野との対面は1時間ほどしか取れなかった。下野したとはいえ麻野は現役の政治家であり、それほど暇があるわけではない。一方の龍太も親が家に戻る必要がある。一介の5歳児が、元総理と話してるなんて自体が知れたら、親はパニックに陥るかドッキリを疑うかのどちらかであろう。
話の内容は多岐に多岐に渡ったが、多くは、龍馬が知る由もなかった龍馬の死後の維新のあれこれである。大半は大久保の愚痴に近いものであったが、龍馬は自分がしたことの答え合わせをしているような気持ちになれた。
そして最終的にこれからどうするかの話になった。
「とにもかくにも、民政党を引きずり降ろさなければならない。10年もやつらの支配が続けば、それはもう限りなく中国の属国になると同じだ」
「同感ぜよ、足利義満という男はそれしか考えてない男よ。何とかして叩き潰さなきゃいかんぜよ」
「頼んだぞ坂本さん……これは天晴会用の携帯電話だ。好きに使ってくれ、坂本さんからの指示があれば好きなように人を動かすことができる。力を失いつつあるとはいえ、天晴会は様々な機関に影響を与えられるからな」
「……大したものぜよ、わしが亡くなってからも天晴会が生き続けてきたという証拠だちゃ、で、何をすればいいと?」
「それは任せる、そもそも君は常に自分で考え、自分で動いてきた人だろう。そんな相手に指示することなどない」
「それもそうだ」
「まずは、おりょうさんとでもゆっくり話したらどうだ。もっともおりょうさんもそんな暇じゃないようだけどな。アイドル活動が今は最高にたのしいらしいから」
「おりょうか……、では、またそのうち会おうぜよ」
こうして、短いけれども濃密な会合を果たし、龍太と麻野元総理は別れた。立場を考えるとふたりが会うことは少ないだろうが、連絡はいつでもできるだろう。
さて、携帯電話を持ってることがばれれば、親は間違いなく不信がるであろうから、所持がばれることだけは避けなければならないと龍太は考えた。
同時に、5歳で記憶を戻してしまったのは少々厄介だなとも思った。さすがにこの年齢では親を無視して生活するわけにもいかない。
せめて10歳を超えてればとおもったが、今は今の環境で何かをなさねばならなかった。龍太は、まずはおりょうだなと考えた。大久保からもらった電話でさっそく、おりょう、改めYSKのみこに電話をかける。つながらないかとも思ったが、みこはあっさりと電話口に出る。
「あ、龍太君、おはよう」
「なんだ、その言い方は、気持ち悪いのう、龍馬でいいぜよ」
「そうもいかないのよ、あなたも普通に龍太として生きることを優先してね。その土佐弁もまずいわ、敵対勢力はどこにいるかわからないのよ」
「そげん……そうかわかったよ、みこちゃん」
「みこちゃん……っていうのはなんかむず痒いけど仕方ないわね」
「大久保…‥いや、麻野総理にあったよ」
「あらさすがにあの人は行動が早いわね」
「ずいぶん天晴会メンバーが少ないね、わし、僕を入れて6人しかいない」
龍太は改めてメンバーを思い出す。
大久保利通=麻野元総理
西園寺公望=大泉純(民亊党若手)
岡田以蔵=高校生格闘家 砂川真也
陸奥宗光=田町カオス(10歳)
卑弥呼=おりょう=神野みこ(アイドル)
「そうよね、少なすぎるわ。話を聞く限りは戦後すぐ位は、天晴会のメンバーがたくさんいてそれこそ、日本を高度経済成長に導いたらしいんだけど、そのせいかしら今はちょうど転生の空白期間みたいになってるのよね」
「とりあえず陸奥……カオスくんだっけに会いたいな。連絡が取れるかな?」
極力、龍太は、記憶をもどす前の5歳としての自分を心がけるように話している。
「出来るわよ、もちろん、なぜカオスくんからなの?」
「一緒に行動してもまだ不自然じゃないでしょ、五歳児じゃさすがにおっさんとも女子高生とも過ごすわけにはいかないからね」
「……若いと制約が多くて大変ね、私はアイドルなんてやってるおかげで親からはわりと自由でいられるわ、あなたも子役デビューしたらどう」
「麻野のおじさんにも同じこと言われたよ、まあ、いよいよとなったら考えるぜよ、ああ、ついぜよって言ってしまうな」
「あ、ごめん龍太。私もう仕事だから、また電話するね。カオスくんには連絡しておくわ。またね」
「ああ、またぜよ」
そういって電話は切られた、アイドル活動で忙しいというのは本当らしいなと龍太は思う。とはいえ、日本に危機が迫ってると感じているのならば、アイドル活動なんぞしてる場合ではないだろうとも思ったが、あれでおりょうは、誰より長く転生生活をしている人だ、何か深い考えのあってのことだろうと思った。
「おりょうか……なつかしいぜよ」
龍太はふと、おりょうとのある会話を思い出した。寺田屋でだったか、あばら家に潜んでいる時だったか。
『ねぇ、龍馬さんは前世って信じてます?』
『前世?』
『信じてもらえないと思うけど、私には生まれる前の記憶があるの』
『生まれる前の?』
『そう、私は今の人生の前に、踊りをして生活をしてたの。いわゆるかぶき踊りっていうの。まぁその時は名前なんてものは付けてなかったけど、いまだとそういわれるわね。日本中を回って踊ってそれで生活してたの。ちょうど大きな戦争をみんながしてた頃、徳川さんと石田さんが戦ってて、まあ私たちは踊ってたから関係なかったけど、楽しかった』
『出雲の阿国だったのかおまんさんが』
『出雲で踊った覚えはないのだけれど、ふふっ、龍馬さんはこの話笑わないのね』
『……続きがききたいぜよ』
『その前は京都に都があったころの話。藤原の娘として生まれたわ』
『ずいぶん古い話だ』
『そうね、私は当時の帝の妻だったわ、女で権力をつかむためには帝の妻になるしかなかったからだけど、彼も悪い人じゃなかったわ。ほら、昔のこと覚えてるわけじゃない? だからみんなより全然お話上手で、みんなが知らないことをどんどん話してたら、すごい人気者になっちゃって、気が付けば帝も私の虜だったわ』
『それはすごい』
『それを利用してお父さんがなんかこそこそやってたなあ。あと私が残した話とか丸々ぱくった女性作家とかもいたし、まぁいいんだけど』
『その前の話もあるのか』
『普通に貧しい家に生まれた時もあったわ、でもそん時はみんな私のことを虚言癖のある女って思うだけで、全然楽しくなかった。その前はね、村で女王とかってもてはやされていたのよ。ほら、私は前世を引き継いでるからみんなより知識があるじゃない?米のつくり方とかもわかったし、人の悩みとかも理解できたから、そうやってみんなの相談とか乗ってたら気が付いたら、王様扱いされてたの』
『最近、誰かが古い時代の研究を始めてたなそういえば、新井白石だったか』
『そのとき、私はヒミコって名乗ってたわ。名前可愛いでしょ。卑弥呼時代が一番楽しかったなあ』
『それが一番前昔の記憶?』
『その前にもあるけどよく覚えてない、だってそのときはただ生きてただけだったから、そのあとヒミコだったときは、生まれ変わりはあるから死んでも怖くないよってみんなに伝えるようになって、それでみんな私を神の使いっていうようになったのよね』
『輪廻転生やか』
『帝の妃になった時にもそれを結構言ってたから、当時は浄土信仰が流行ったのよ。頼通さんとかなんか立派な寺院作ってたし、たぶん私のせい……ふふ、おかしいでしょ。こういう話をいろんな人にしてるんだけどみんな真に受けてくれないの。龍馬さんは笑わないのね』
『そりゃ笑わんぜよ……わしもじゃからな』
『わしも……?』
『そうわしも、前世の記憶があるっちゃ。わしはかつて関ヶ原で徳川と……』
龍太は初めておりょうと身体を重ねた時のことを思い出してた。このとき、はじめて龍馬は同じ転生した記憶をもつものと出会ったのである。もっとも、おりょうの方は志の強い人間なら少なからず前世の記憶を持つ人間がいるはずだと思っていたと後に語っていたので、やはりしたたかな女であった。
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