第5話「麻野元総理」
天晴会とは、前世の記憶を持つ人間によって作られた日本を守るための組織である。
会結成の発端となったのは、薩長同盟である。
まず、坂本龍馬は、幕府側の役人である勝海舟を殺そうと思い彼の元を訪ねた。そのとき、ことばを交わした際にお互いに前世の記憶があることを知った。
坂本龍馬はかつて、関ヶ原の西軍の兵士であり、勝は室町時代に倭寇として活動をしていた。
そしてその時に目指す方向が同じであることもわかった。
方向とは海外に目を向けることであり、国内に閉じこもってる場合じゃないということだった。
また同時に西郷隆盛が転生された人物であることも勝によって知らされた、高杉晋作、大久保利通もまたそうであるということが分かった。
その他木戸孝允、江藤新平などの維新の主メンバーが偶然にも前世の記憶を持つ者たちであった。
そこで龍馬、そして龍馬の妻であるおりょうを発起人として薩長同盟と名うたれた出来事の裏で「天晴会」は結成されたたのだった。
たとえ死んでも、再び復活することを信じて、天晴会という組織を維持し続け、日本を影から支えていくという志のもと、天晴会は今もなおあり続けている。
そして転生したときのために、誰かの墓に現世において誰が天晴会の会員であるのかを記すことが定められた。
まさに墓標である。
ところが現代では、あまりにも多くの情報があふれるようになったし、大量に発信されるようになった。有名人の墓に何かを記すのはあまりにリスクがあるということで、戦後の天晴会では、天晴会の初期会員の墓にはそれぞれ監視が付くようになったのだ。
転生者がいつ墓を訪ねてきても導けるように。
よって龍太は初めにおりょうの墓を訪ねることにしたのだった。そういう点で龍太の行動は前世から定められたものだった。
みことの電話の翌日、両親が仕事に出かけてしまって誰もいない日中の九段家に、インターホンを鳴らす音が聞こえた。
龍太がインターホンのモニターを確認するとそこには、サングラスに黒いスーツという見るからに怪しい姿の人間が立っていた。
怪しいものはインターホン越しに声をかけてきた。
「麻野先生の使いのものです」
「……まっていました、今行きます」
龍太は土佐弁ではなさず五歳児としてのふるまいを取った。天晴会は末端の構成員はそれがどういう会なのかを知らない、ただ日本を動かしている大きな組織の中で働いているという認識でしかない。
よって、天晴会の使いのものとはいえ、おいそれと素性がわかるようなことはできないのだ。
龍太が外に出ると、そこには黒塗りにリムジンが待っていた。
(ずいぶん悪趣味な車ぜよ)
龍太はそう思ったが、そういえば昔から大久保利通という男はなかなか派手な馬車にのっていたという話を聞いた覚えがあった。
黒服に促されて、龍太はリムジンに乗り込む。
そしてそこには、テレビでついこの間見た、衆議院総選挙で負けたばかりの麻野元総理が鎮座していた。
「坂本か……、まあ座れ」
ぼそっと言う声で、麻野はしゃべった。テレビで話すときのような張りのある声ではない。
「麻野総理が大久保利通とはの……相変わらず権力の中心におらんといけん人ぜよ」
言いながら麻野のテーブルをはさんで向かい側に座った。テーブルの上にはワインが氷の入った容器に置かれ冷やされている。
「そういうな、誰かがやらなきゃならん仕事だ。早く生まれていれば君だっておかしくないだろう。ま、それはさておき、こうやってまともに話すのは初めてか」
「書簡では相当やり取りしたぜよ。初めて話す感じにはおもえんちゃ」
「生きてる時に会いたかったな、会う前に君は殺されてしまった。生きてれば俺はもっと楽だったろうに、ほんとうに惜しい人を亡くしたと当時は思ったな」
「おまんさんが、わしを殺す命令を出したって噂もあるみたいぜよ」
龍太は笑いながらそういった。
「はは、冗談がきついぜ、世間は維新の裏側を知らんから仕方あるめぇ。ありゃあ、義満の差し金だろう。あの時から全く迷惑な奴だ」
そういって麻野は笑い返す。
「やっぱ、義満か、結局最後まで首謀者はわからんかったな。新選組はただの駒やか。誰が義満じゃったんかな、あの売国奴の正体さえわかっちょれば、以蔵に叩き切らせたものを」
「まあ、現世ではかなり見当がついてる。おそらくは、民政党を陰で操る男、岩手の妖怪、大澤三郎が義満の転生後の姿だと思ってる」
「……大澤三郎か。すまん、いうてわしは現世に生きてまだ5年しかないのでテレビのニュースで流れてる程度の情報しか知らん。まあでも顔はわかる、いつの時代でも悪そうな顔をするなあいつは」
「気づいたのはだいぶ後だった、何せ奴は民自党の人間だったからな。しかし今思えばやつにはたびたび煮え湯を飲まされてきたのだ。じっくりと日本を乗っ取る気だったんだ大澤は」
「目的はもちろん中国に日本を売るためか」
「間違いないだろう、もはや親中派を隠す気もない。京都の時と同じように、日本を中国に明け渡すつもりだ」
「そういや今日も大澤が訪中するニュースが流れてたぜよ。それにしても明治の荒波を乗り越えたおまさんが、まさか、現代の生ぬるい政治闘争で敗れるとはにゃ、まっこと情けなき」
「……してやられた。義満……大澤にマスコミをおさえられてしまったし、あとは中国勢がひそかに干渉してた。義満の転生グループは間違いなく中国と手を組んでる。それは昔からだが、今はあまりにも中国の勢力が強いぜ」
「いいわけにもならんちゃ、何のための天晴会か」
「西郷……西郷が角野首相だった話は聞いてると思うが、あいつがいる時までは天晴会の力も強かったんだが、いまちょうど天晴会のメンバーが少ない時期にあたってる。もしくは坂本さんみたいに若いのしかいない。おりょうさんだって、18歳とかだからな」
「今は誰がいるんちゃ、昨日おりょうからはそれは聞けなかった、というか忘れとったぜよ」
「坂本さんはあまり知らんと思うが、
「あぁ、公家の男か?名前はしっとる」
「その後首相も経験しとるんだが、今は民自党の若手のホープ
「たしかにごっついテレビでとるな、若いのにしっかりしてると思うたら、天晴会じゃったか、他には?」
「さっき名前を出した
「人斬り以蔵か?」
「そんな名前で呼んでやるな、今は高校生格闘家
「相変わらず争いごとが好きっちゃね。うーんあいつが、前世の記憶を持っててもあんまり役に立たんぜよ」
「以蔵の扱いがあいかわらず雑だなあ。あとは陸奥、
「なんだ、その名前、ひでぇセンスやか。あん、陸奥がいるんかあ、それは会いたいのう」
「陸奥は俺のことが好きじゃないからな、おりょうさんがいるから天晴会に戻ってきたようなものの、まあ坂本がいればあいつもここに来やすいか。学校が意外に楽しいっていってるな」
「ほかには?」
「そんなもんだ……」
「……なんと、げに少なか!晋作とかはおらんのか」
「晋作は、1990年くらいまで、若者の間で人気の歌手として活動してたんだが、なぜか突然死んでしまってな。いまだに原因がわからん」
「面白いことが好きなのは知っとったが、歌手か……なんぞ天晴会のやつらは芸能活動が好きじゃの」
「望めばデビューするのは簡単だからな。坂本さんも子役デビューするか?」
「冗談じゃないぜよ、話を聞いたらわしにはやらんことが多すぎる、またわしが日本のためにうごかなきゃいかんぜよ」
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