第3話「神野みこ」

「すごい熱気だったねぇ、YSK」

 龍太は母と二人でYSK劇場に来ていた。本来5歳児である龍太からでは、ステージの上など何も見えないのだが、特別な配慮で最前列に座らせてもらうことができた。それで何よりも喜んでいたのは、母だった。

 母はもともとアイドルオタクであり、ひそかにYSK36ファンだったのだが、息子を理由にこれ幸いとYSK劇場を楽しみに来たのだった。

 そしてもちろん龍太には大した感情はなく、現代の音楽はうるさいなぁと思いながら鑑賞してたのだった。

 そして鑑賞をおえた二人は、予定通りおりょうのお墓にある信楽寺にやってきていた。


「龍君は真面目ねぇ、ほんとうに来なくてもいいじゃない」

 母はほとんど来るつもりはなかったのだが、龍太がどうしてもというので、仕方なくやってきた。母はまさか本当に龍太がここに来たかったのだとは思いもしなかった。

「言ったことは守らんとぜよ」

「最近龍君、ぜよっていうのはやってるの?あ、ほんとうにおりょうさんのお墓あるんだね、へぇおりょうさんって再婚してるんだ、意外だねぇ」

母がお墓の前のお亮の説明を見てる中、一人龍太は墓前に手を合わせて祈っていた。

(すまんのう、一人にして、しかしこげん大きな墓じゃけ、立派な人と再婚したんじゃろ、おまんさんのことだからうまくやったんかや)

 そう祈りおわると、龍太は墓の周囲や墓に彫ってある文字を丁寧に調べ始めた。龍太にはどうしてもこの墓で見つけなければいけないものがあった。


「ちょっと、龍君何してるの?お墓見て何が楽しいのよ、ほらべたべた触らないの!罰が当たるわよ」

 母は慌てて龍太の方に駆け寄り、行動を制そうとする。

「お母さんちょっと待っちゃ、大事なことぜよ」

「へんな方言使ってもダメよ、何が大事なのよ」

 母は龍太を抱きかかえて、墓から龍太を遠ざけてしまった。

 しまった、せっかく来たのにこのままでは何も得られないまま帰ることになると龍太は思った。

 その時、二人の背中から声をかけるものがあった。


「おりょうさんのお墓参りですか?ありがとうございます」

それは若い女性の声だった。

「あ、はい、そうなんです。お騒がせしてすい……って、あら、あなたどこかでって、YSKのみこちゃんじゃない?え、うそ、まじでなんで、なんでこんなとこに」

龍太の母が振り返って挨拶すると、そこにいたのは先ほどまでステージで観客と母を熱狂させていたYSKのみこであった。

 ステージ上とは違い、黒髪ロングをストレートに落とし、墓場に合わせているのか若さに似合わないような黒いワンピースを着ていた。

 

「あ、はい、みこです。知っててくださってうれしいです」

そういってみこは丁寧に頭を下げる。

「知ってるも何も、私と息子が巫女ちゃんの大ファンなんです。さっきも劇場に行ってたんですよ、あぁ信じられない」

「あ、最前列にいた方ですよね。お子さん連れは珍しいなあと思ったんで覚えてますよ」

「えぇ、ほんとうにぃ、すごい感激です。あっ、握手してもらっていいですか?ほら、龍君もお願いして」

そういって、母は龍太の頭を下げさせ、手を出すように促した。

龍太はさほど興味もなかったが、母の言われるとおりにする。

母は遠慮なしにみことギューッと握手をしだした。


「僕は、なんでこの場所に来たのかな?」

そしてみこは手を握る前に、膝をかがめ目線を龍太に合わせながら訪ねてきた。

「おりょうさんの墓参りに……。」

おどおどと緊張したふうで龍太は答える。

それを見てた母も口をはさんできた、どうやら少しでもみこちゃんとお話がしたいようだ。

「この子ったら変な子でね、どうしてもりょうさんの墓参りしたいっていって聞かないんですよ」


「そうなんですか、私も毎日この場所に来るんです。きっとここに来れば会えるから。でもどうやら、来ててよかったんだと思います」

なにか物思いにふけるようなかんじでそういうと、みこは龍太の手を握った、いや握りしめた。そして、とても小さな声でみこは龍太にささやいた。

天晴会てんせいかい……。」

みこから出たまさかの単語に思わず龍太ははっとさせられる。龍太も小声で答える。

「なぜその言葉を……、海より深きは?」

「君のまごころ」

「おりょうか……」

「電話して」

 握手をした龍太の手には何かが握られていた。紙……おそらく電話番号でも書かれているのであろう。

 そうしてようやくみこは膝を元に戻して、目線を母の方に合わせた。


「かわいいお子さんですね、これからも応援お願いします」

そういって再び深々とみこは頭を下げた。

「そんな、頭なんて下げないでください。なんていい子なのかしら、これからもバリバリ応援するんで頑張ってくださいね」

母はいかにも落ち着かない感じで手足をバタバタさせる。

「それでは、私は行きますので」

 そういって笑顔で手を振ると、背を向けて寺院の入り口の方に向かっていた。入り口には黒塗りのベンツが見える、どうやら迎えを待たせてるようだった。


「びっくりしたねぇ、まさかこんなとこに、みこちゃんいるなんて。でも何しに来たのかしらねぇ」

「分かんないよ」

「それより、龍君みこちゃんとこそこそ何を話してたの?」

「……別になんも」

「うそぉ。教えてよ龍くーん」

「内緒ぜよ」


 内緒にするのは母親に説明しても到底理解されないであろう内容である。YSK36神野かんのみこは、かつての龍馬の妻であるおりょうである。おりょうもまた龍馬と同じように、現代に転生されてきたに違いない。


 そしてここで会えてのは偶然でも何でもなかった。

 龍太はおりょう、あるいはその仲間である天晴会の一員に合うためのヒントを探すために、このお亮の墓までやってきた。ヒントどころか、本人が待ってようとは思ってもいなかったが。


 そして「天晴会」。それはかつて明治維新を行った人物によってつくられた組織。転生した人物が日本を支え続けるために今もなお残る強力な影の組織である。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る