第48話 ファンファーレ
「ボスの前でもいい。フィリップでも、川端さんでもいい。言えるわけがない。それなのに、どうして私には言うの?」
「パートナーだから、正直に本音を言ってやってるんじゃないか!」
「確かに、私はパートナーに正直さを求めている。でもそれは、醜い本音まで全部さらけだしてほしいという意味じゃない。そんなことをされたら不愉快なだけ。
それから、今後は私の雇い主を
強引に左折して、車一台分の幅しかない脇道に入る。助手席側をガードレールすれすれの位置まで寄せて停め、ママは車のエンジンを切った。
バックミラーの中で、私たちの視線が初めてあった。
後続の車がクラクションを鳴らしている。
ママは車のキーを足元に放ると、ドアを開いて車を降りた。
私は後部座席から風のように抜けだし、運転席の座面を踏んでコンクリートの路面に着地。振り返って私を待っているママに、はちきれる寸前の笑顔を向けた。
大通りに向かって駆けだした私たちの背後で、クラクションがファンファーレのように鳴り響く。
青信号に向かって、広々とした交差点を突っ切る。歩道まで、あと少し。ジャンプして空気を切って、裏声で歓声を上げた。
振り返ると、タカシの車が後続車に追い立てられながら遠ざかっていくのが見えた。
ママは先に立って早足で歩き続ける。渋谷駅とは方向が逆だ。一分も歩かないうちに、自動ドアを開けて店に入った。
そこはラーメン屋だった。ママは店員の案内を待たずに、奥まったテーブル席を選んだ。私は向かい側に座った。
テーブルの端には、割り箸が詰め込まれた箸立て、調味料の小瓶を並べたプラスチックのトレー。真ん中には大きさが違う三枚のメニュー表が扇のように広げられている。
店は空いていて、私たちの他には二組の客しかいない。大きなスポーツバックを床に置いた学生服の坊主頭が一人と、バックパッカー風のカップル。彼女の髪型はポニーテール、彼氏はモヒカン刈り。
コツコツとテーブルを叩いたママのほうに向き直る。他のお客さんをじろじろ見てたから、
「何にする?」ママはそれしか言わなかった。
あわててメニューに目を走らせた。お腹は空いていないし、アルコールも砂糖も入っていない飲み物は、ひとつしかなかった。
「アイス烏龍茶」
ママはメニューを見ずに、アイス烏龍茶とビールと餃子を注文した。
なぜラーメン屋に入ったのか、全然わからない。でも、理由を聞けるような雰囲気でもなかった。ママは運転中と同じように、私と目をあわせようとしない。
すぐに飲み物が運ばれてきた。お祝いの乾杯をするかと思ったのに、ママは無言で一気にビールを半分飲みした。
私も黙って自分のグラスを傾けた。上唇に氷が触れて、暗い色をした苦みのある冷水が口の中に流れ込む。
店のドアが開く音で、ママの首がさっと緊張したから振り返った。
男の子とその父親らしき人が入ってきた。ママの知りあいというわけではないらしい。
席に着くと、男性は子供の野球帽をはぎ取って、汗で額に貼りついた前髪を見て笑い、タオルで荒っぽく拭いた。
それから二人は顔を寄せあい、一眼レフカメラのモニターを覗きながら楽しげに話しだした。
父親を見上げる息子のキラキラした目に、見覚えがあるような気がしてならない。
そうだ、あれはナミちゃんが父親を見上げる時と同じ目だ。
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