第47話 言葉の毒

 感情を欠いた、独り言のような声が聞こえてきた。


「借金しかない日本人の女を、本人が望む方法で助けてくれたのが紅茶の師匠だった。だから彼女のことは信じてるし、まだダメになったわけじゃない。

 今回のことだって、私が望む方法で助けてくれるのはマダムなの」


 反論がないことを確認できるだけの間をとって、わずかに感情を上乗せした声が続いた。

「あなたがしたり顔で『女の敵は女』なんて言うのを許していると、パートナーである私の品性まで疑われてしまう。口には気をつけてちょうだい」


 太陽はビルの後ろにまわり、街路樹をその影に沈めていた。それでも、上層階の窓は夕日を反射して煌めいている。


「品性より利益を気にしろよ。ビジネスってのは、そんな甘いもんじゃない。綺麗事きれいごとしか言えない奴に経営者になる資格なんかない。利益が出ないビジネスなんか続ける意味がないだろうが」


 タカシはママをにらんでいる。私はバックミラーに映るママを見つめている。でも、二人ともママの視線を引き寄せることはできていない。


「そのことも正直に話したら、マダムは認めてくれた。社会的に意義があるビジネスだし、これから大いに発展する見込みがあるから続けるべきだって。

 マダムの都合を優先する限り、紅茶の師匠との仕事を続けても構わないって。

 それに、彼女が日本を留守にする間は自由にしていいの。とても寛大な人ね」


「バッカだなぁ。マダムは海千山千の社交ババアなんだぞ。本心は全く別にあっても、相手の耳に心地良い言葉が脊髄反射で出てくるレベルの。

 なんでサイドビジネスの事をバラすんだよ。だから面接に同席したかったのに。

 あーあ、マダムにしてやられたな。あっさり採用が決まったから、なんか裏があると思ってたらあんじょうかよ」


 ママはタカシを無視している。

 どうせくだらないことしか言わないから、先をうながしたりしない。

 もちろん、タカシは頼まれなくても勝手にまくしたてる。


「教えてやっただろうが。古屋を改装して宣伝して高値で売るのが、あの人の商売だって。

 あの屋敷に買手がつくのは半年後かもしれないんだぞ。もっと危機感を持てよ。

 マダムが屋敷を売って日本を離れることになれば、日本語通訳しか能のない奴なんか用無ようなしだ。

 おまえがあっさり採用された理由は、サイドビジネスをやってるからだ。いつでも遠慮なくクビを切れるようにな」


 さっきは、実力があるから採用されたって言ったくせに。不誠実にひるがえされる言葉で車内の空気がよどむ。

 思いきり窓を開けたいけど、私の席からでは開けられない。


 ママは黙って運転し続けている。相変わらず、鏡の中でさえ私と目をあわせない。

 言葉の毒がまわらないのが不満らしく、タカシは一層とげとげしくなる。


「オレが『チャンスをつかめ』って言ったのは、『マダムを離すな、しがみつけ』って意味だ。いつもの気まぐれで大した理由もなく日本に来たんだから、大した理由もなく日本を離れる日が必ず来る。


 そうなった時に置き去りにされないように、常に一緒にいて役に立つんだよ。

 マダムが海外に行くときは、なんだかんだ理由をつけて同行しろ。自由だなんて浮かれていられる身分かよ。


 そんなアタマじゃ金儲けなんて無理に決まってるだろ。だから、おまえにはオレみたいな男が必要なんだよ。独立して商売したいなら、金の計算ができる男と組まなきゃ。

 マダムを見習えよ。実にうまくボスを利用してるから」


「ボスは関係ないでしょう? 屋敷の価値を上げているのはマダムであって、ボスじゃないんだから」


「なに寝ぼけたことを言ってんだ。バックにボスがいて、それが信用になってるから人も金も動くんじゃないか。そんなこともわからないのか?

 ボスがいなかったらマダムなんか、せいぜい近所のおばさん連中にしか相手にされない改装マニアで終わってる」


「マダムの目の前で、同じことが言える?」

 ママの問いかけに、タカシは言葉を飲みこんで目をいた。

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