第44話 一歩通行
再び鳴りだした地面が、エンジンの音をかき消した。
プロポーズは本物。答えも本物。座っているだけなのに目がまわった。考えがまとまらないのは、押し潰されて悲鳴をあげる砂利のせいなのか?
そろそろとハンドルを回すママに、タカシが大声で指図する。
「違う違う。この道は一歩通行。この坂は下りるしかない」
急いでハンドルが逆に切られ、景色が横に流れた。そろそろと門から抜けでた車は、恐ろしいほどの下り坂に頭から突っ込んでいく。
まるでスローモーションのジェットコースターだ。地鳴り、振動、急カーブ。
曲がりきると、平らで真っ直ぐな道になった。道幅は変わらず狭く、両側の建物は背が低い。車はゆっくりと進む。
新しく四角い家々、古びた三角屋根の家、狭い月極駐車場。その奥の塀ごしに、ずらりと並んだ墓石が目にとまった。石門の先には重厚な本堂があって、少し先では向かい側にも寺があった。数軒の家を挟んだだけで、また別の寺と墓地を見つけた。
「この辺は、寺ばっかりだなぁ」
タカシが言うそばから、その横顔の背景に小さな教会が現れた。入口脇の立て看板に『愛は多くの罪を
小ぢんまりした集合住宅の前で停まった配送トラックをよけるため、さらに速度を落としたママに、タカシが偉そうに大声をだした。
「いける、いける、充分いけるって」
これが最後の一押しになった。トラックの脇を通り抜けた後に声を上げた。
「結婚するって、どういうこと? 三人で一緒に住むってこと? この人が私の父親になるってこと?」
そんなの耐えられない。
「誤解があるようだな」
リラックスした姿勢のままで、タカシがのんびり答えた。
「オレとマリコは夫婦になる。あの屋敷で一緒に住む。だからって、オレが父親になるわけじゃない。そんなもん、なれるわけないだろ?
リサにとってオレは同居人のタカシさん、それだけだ。その他は何も変わらない」
私は本当にバカだった。
タカシが父親になりたがっていると思うなんて。
私の拒絶がタカシを傷つけられると思うなんて。
「あら、名字は変わるからね。別にいいでしょう? 転校するんだし」
ママが何でもない事のように付け足したので、タカシと声がそろってしまった。
「なんで?」
ウィンカーのカチッカチッという音がやむと、車は一方通行の細道を抜けて広い幹線道路に入った。ママは周りの車にあわせてスピードを上げた。それから中途半端に振り返り、私とタカシの中間あたりに向かって言い捨てた。
「結婚するって、そういうことよ」
今度は私より先に、タカシがまくしたてた。
「いやいやいや、そんなの今どき日本だけだって。本気か? 婚姻届一枚出して終わりじゃないんだぞ。
パスポートだの、運転免許証だの。全ての取引先や所属団体で改姓手続きして、入館証や資格証を再発行して。そんな
「やるしかないでしょう。皆がやっていることだし」
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