第43話 嘘だと言え!

 ゆっくりと門が迫ってくる。

 ママは車をとめた。内側に開く門扉のため、充分に間隔をとって。

 石塊いしくれは静まり、アイドリングの低い唸りだけが聞こえている。


 タカシはダッシュボードから、さっきの小箱を取りだした。もったいつけるように空箱の蓋を開け、ママに差しだしながらびるように言った。

「指輪、返して」


 窓を開けて、指輪を投げ捨てろ!


 慌てて車を降り、いつくばって指輪を探すタカシを置き去りにしよう。

 採用になったのだから、もうこんな男に用はない。


 でも、そうはしない。ママはそういう人ではない。それはタカシも重々承知なのだ。憎らしいことに。


「おかしいと思った」

 ママは手早く指輪を外すと、タバコの火を灰皿でもみ消すようにして箱に戻した。

「私がダイヤモンド嫌いなのを知ってるはずなのに、こんなものに大金を払うなんて、おかしいと思ってた。だいたい、これ本物なの?」


「もちろん本物だ、借り物だけどな。あの夫婦に偽物を見せびらかす度胸はねぇよ。最高に似合っていたのに。美女に嫌われたらダイヤが可哀相かわいそうだ。これはトップブランドの指輪なんだから、素性だってキレイなもんよ」


「そんなことわかるもんですか。とにかく私は、ダイヤと毛皮は身につけない主義なの」


「たとえこれがブラッドダイヤモンドでも、オレが借りてきただけなんだから、おまえの手は汚れてない。借りてきた指輪だってことを知らなかったんだから、おまえが嘘をついたことにはならない。ちゃんと、おまえのことは守ってる」


 ママは素早くエンジンを切り、車内は静まりかえった。

 ゆるゆると門が開かれてゆく。

 その先にある、陽のあたる路面はまぶしいモノトーンだ。


 ママは、タカシと向かいあうように座りなおした。唇の動きが固い。

「もうひとつのほうは、本物なの?」


「もうひとつのほう、って?」

「プロポーズ」


 嘘だと言え!

 嘘つきとして、ママの前から消えろ!


 でも、そうはならない。タカシはそんなミスはしない。ママの性格をよく知っているのだ。腹だたしいことに。


「言っただろ、ボスとマダムに偽物を見せびらかすほど間抜けじゃないって。

 あの屋敷で暮らすためには、ボスに納得してもらう必要がある。オレがれてるのは、この女です。間違っても奥方おくがたに手を出したりしません、ってな。

 ブランド品のバカ高いエンゲージリングを恋の情熱のままに贈っちゃうところなんか、いかにも高級志向のタカシ君らしいだろ? 

 ショーの成功には、わかりやすい演出が必要だったんだよ」


 だから、あんなにベタベタしてたのか。

 車庫の監視カメラの前で派手にキスしたのも、見られているのを意識した上でのこと。ママとタカシの親密さは全部ここで暮らすための演技なんだ。門前のプロポーズだって、ショーの一部だったというわけか。


 舞台裏の仕掛けなんて、わかってしまえば何のことはない。無駄に驚いたり怒ったりして、本当に損してしまった。

 前もって教えてくれれば良かったのに。そしたら、多少は協力しないこともなかったのに。


 ママを見つめ、たっぷり間をとってからタカシは答えた。

「プロポーズは、もちろん本物だ」


 タカシの唇がめくれ、前歯がむき出しになった。束の間の勝利に酔って調子に乗った悪役のように、こう付け加えた。

「バカだねぇ。こんないい女をオレがほっとくと思うのか?」


 ママは前に向きなおり、優雅な動作でサングラスをかけた。手櫛てぐしで髪を整え、ほんの少しタカシの方に頭を傾ける。

「私の答えも本物よ」

 そう言って、ママは再びエンジンをかけた。

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