第39話 スポットライト
急斜面の雑木林に、公園にあるような丸太の階段がずっと上まで続いている。さっきの石段だけで「足の運動」と呼ぶには短すぎると思っていたが、まさかここまでとは。
階段は高さも奥行きも様々、足元は落葉で滑りやすいうえ、木の実や小枝も紛れているので、よそ見してたら転んでしまいそうだ。
調子よく登っていく彼女に、近ごろ運動不足の私はついていくのがやっと。大きなお尻に不釣り合いな、折れそうに細い足首を懸命に追いかけた。
空気は涼しく、湿った土と植物の濃い匂いがした。頭上では、ひっきりなしに野鳥がさえずっている。でも見上げて探す余裕はない。
ふいに立ち止まった彼女が腰をかがめ、行く手を
木の幹に手をついて息を整えながら、ゆらめく
「もうすぐよ」
彼女が斜め上の方を指さした。緑のトンネルは、まだ上へ続いているけど、手前で片側の木立が途切れ、ぽっかりと青空が見える分かれ道があった。
林を抜けると、緩い斜面を利用した菜園があり、作物が整然と植えられていた。
「全部、私がやったの」
彼女は誇らしげに、一区画ずつ説明してくれるけど、内容は半分もわからない。私はまた、わかったふりをしてしまう。
彼女はアイメルの木を見せてくれし、車庫を開けてくれて、ツナを紹介してくれて、竹庭に案内してくれた。今は、自慢の畑について話してくれている。
わかったふりをして
少なくとも、植物の名前くらいは聞き返すべきだろうか?
それとも話の腰を折らないほうがいいのか。いやいや、そんなのは黙って
そんなことで頭がいっぱいになってしまい、結局は全く聞き取れなくなった。
彼女は歩みを止め、黙って『どうぞ』のジェスチャーをした。
そこには何も植えられてないスペースがあった。耕されて一段高くなった畝が、まっすぐ続いている。柔らかそうな土は、水を含んで暗い色をしている。日当たりも良く、種を蒔くには理想的な場所だ。
隣の畝には、弱々しく支柱に
「本当に? アイメルの木が大きく育ったら、ここが日陰になるけど」
「いいの。芽がでたら、背が高くなる前に植え替えるから」
さらりと答えた彼女の言葉に、
なかなか芽がでないと聞いていたのに、このまま大木に育った後の心配までして尻込みする私に比べ、なんて合理的で現実的なんだろう。
事を起こす前にあれこれ思い悩み、結局は何もせずに終わって後悔する、という私の欠点にスポットライトがあてられた気分だった。
ここは、芽をだして小さな苗に育つまでには最適な場所。だから、ここに種を蒔く。
彼女の目を見て頷いた。少し間隔をあけ、残りの種の数だけ穴を掘った。穴の底には影が落ち、さっきのように種が輝くことはなかった。私はただ無心に土をかけた。
空になった銀の容器を手にして立ち上がると、気持ちまで軽くなったように感じた。
てっきり私の種まきを見守っていると思ったのに、彼女は別の区画で青々と茂った草を
「ありがとう」心を込めて感謝を伝え、彼女にシャベルを手渡した。
あとは、この籠をミンラに返すだけだ。
「それじゃ、お茶にしましょう」
予想外の提案に、思わず「お茶?」聞き返してしまった。
「そう、これで」
小さな葉を一枚、手渡された。よくわからないけれど、私が知ってるお茶の葉とは違う気がする。
「匂いを嗅いで」と彼女が促すので、おそるおそる匂ってみた。涼しい刺激が鼻の奥まで通る。
「ミント?」
「そのとおり。香りがいいだけじゃなく、とても美味しいよ。私は大好きで、毎日飲んでる。上に、もっときれいな所があるから、そこでお茶にしよう」
「そうしたいけれど、下で母が待っているかもしれないし」
面接が終わったら、疫病神の酔っぱらい運転からママを救出しなければ。
「その前に、川端さんから連絡があると思う」
彼女はポケットから携帯を取り出して画面を確認した。
「まだだよ」
この人と一緒にいるところを監視カメラで見られているので、ママの面接が終わって帰るときには、川端さんから彼女に連絡が入るということか。
私は携帯電話も持ってきてないので、下手に歩き回るより彼女と一緒にいるほうがいい。
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