第25話 バルコニー
さっきの場所まで小走りで戻ると、重そうな木製の扉が自動的に開いた。ドアを開けたのは川端さんだった。
どうして私が戻ってきたのがわかったのだろう?
グラスの輝きをチェックするように私の頬を見た川端さんが、
タカシの軽薄な笑い声がした。ママとミンラが話している声も。部屋のこちら側は薄暗く、声のするほうは日の光がさしている。
川端さんに
そよ風が心地よく肌をなで、服のレースを震わせる。足元の硬さを頼りに、引き寄せられるように先端まで行ってみた。
手すりにつかまって下を
戻ろうとしたところで、ママと目があった。
「素晴らしい眺めね。見た?」
ママは上機嫌だった。良かった、私の不在に気づいてなくて。
ミンラが笑いかけてきた。彼女も私がずっと一緒だったと思ってるらしい。キスマークのことといい、きっと
いつの間にか丸テーブルと椅子が
タカシとボス、フィリップが先に席についた。ママはミンラと並んで座るべきだし、タカシの
フィリップは眉をちょっと上げて私に合図すると、語りはじめたボスの方を向いてしまった。お礼を言いたかったけど、何も言わないでいい、ということらしい。
金色の唐草模様がついた小さな器が並べられ、
金の籠のそばに、小ぶりの銀の籠が置かれた。こちらは空っぽだった。
ママとミンラが遅れてやってきた。ミンラはアイスクリームを食べにきた浜辺の子供みたいに満面の笑みを浮かべている。ごく自然にママはタカシの隣に座り、一つだけ空いた私の隣にはミンラが座った。
私は幼児ではない。それに、婚約者同士なら並んで席に着くのは変じゃない。
そんなこと頭ではわかっている。それでも、ママが私でなくタカシの隣を選んだことに、体の芯が凍りつくような失望を味わった。
「私の大好物」とミンラは嬉しそうに金の籠に手を伸ばした。
真っ赤な長い爪で、紫がかった黒光りする果肉をつまみ、半分に引き裂いて口に入れた。残りの半分から銀色の綿毛がびっしり生えた種を取りだすと、サイコロを転がすようにして銀の籠に入れ、お茶を飲んだ。
「食べなさい、頭が良くなるから。お茶も飲みなさい、健康に良いから」
というようなことを、ミンラは盛んに言っている。
ママは視線でタカシに問いかけた。タカシは表情を変えずに、ママにだけわかるくらいに小さく首を振った。
だから私は、お茶を飲んだ。
まずかった。率直にいって、ものすごくまずかった。
婉曲に表現すれば、病んだ体にはものすごく良さそうなスパイスの効いた薬湯、という感じ。口の中も鼻の中も薬臭くて、唾があふれてくる。
おもいっきり眉間に皺を寄せている顔を、しっかりボスに見られてしまった。
ボスは全員を見渡して重々しく何事か宣言し、ゆっくり実を食べ、お茶を飲んだ。ミンラは笑いだし、フィリップは肩をすくめた。ボスの英語にはミンラともフィリップとも異なる強いアクセントがあって、内容はさっぱりわからなかった。
「ブラボー。愛しい夫のために、もっと賢くならなくては」
赤い
二つの種がころがる軽やかな音がやむと、タカシがくだらないジョークを飛ばして自分だけ大笑いした。
ママは愚かな雄鳥に弱々しく微笑みかけた。ボスが短い笑い声をあげると、とりあえずの餌をもらえたタカシは人間に戻った。
それをきっかけに、大人たちは
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