第14話 現代のシンデレラ

「奥様らしいって、どういうこと?」


「思い込んだら即実行、思い通りにするまで誰にも止められない。あとは、唯我独尊って感じのところかな。まあ、特殊な生い立ちだから無理もない」


「どういうこと? 面接の前に、できるだけ相手のことを知っておきたいのよ。前にも頼んだけど、ちゃんと彼女のことを教えて。まず、どこで生まれ育った人なの?」


「知らねぇよ。相手から話さないことを、使用人の分際ぶんざいでこっちから聞けるかよ」

 理不尽なイライラが込められた声に、耳の奥が痺れた。


 タカシは不機嫌に鼻を鳴らすと、何事もなかったように話を続けた。


「パーティやレセプションでよく一緒になる他所よそのスタッフから聞いた話だけどな。昔、内戦だか革命だかで消えて無くなった小国の、首相だか大統領だかの娘なんだと。マダムの親父と兄貴が殺された後、逃げ隠れしてるうちに国自体が無くなっちまったらしい。


 まあ結局は助けだされて、それからはトントン拍子で、ボスみたいな夫を捕まえてハッピーエンド。

 現代のシンデレラってマスコミに騒がれたこともあったらしい。お笑い草だね。

 今じゃ、妙に迫力があるオバサンでさ。あれじゃ若い頃だって玉の輿に乗れるような器量きりょうよしじゃなかったろうに。ボスは何が気に入って嫁にしたんだかな?」


 そう言って、けたたましい笑い声をあげた。

 タカシのおしゃべりは、うまい具合に地雷に近づいている。


「シンデレラは、不当に奪われた権利を魔法使いに取り戻してもらって、舞踏会に参加した。そこからは自力で競争を勝ち抜いて王子に選ばれた。シンデレラは、美人の召使が魔法で玉の輿にのる話じゃない」


 ママの声は静かで抑揚がなく、じれったいほど控えめだった。

「マダムの話はもういい」


「だから言ったろ? マダムはもちろん、ボスも一切その頃の話はしないんだから。バタさんだってゴシップに厳しい人だからな。口には気をつけろよ」


 そして、二人とも黙り込んだ。


 何も心配することは無い。もうママだって間違いに気づいたはず。私は何もしなくていい。

 いつタカシが車を停めて、私たちを放りだすだろうか?

 いつママが車を停めさせて、私を連れて外に出るだろうか?


 車は走り続け、窓から見える空はだんだんと小さくなっていく。

 急に青空が大きく広がり、かと思うとほとんど見えなくなってしまった。

 車が高速道路の下の道に入ったからだ。薄暗く混雑した車道には、ずっと先の方まで無数のテールランプが灯っている。

 あからさまな危険の中へゆるゆると落ち込んでいく、ママと私への警告のように。


 出かける前、すがりつくように私の両腕をつかんだママの言葉がよみがえる。

「今日の面接がうまくいかなかったら、私たちは終わりなの」


 あの時は、私を子供扱いして大袈裟に言っているのだと思った。でも、そうじゃなかった。


 よりによって、こんな男の口車に乗るなんて。

 ボスだのマダムだの、得体の知れない金持ちの家に住み込みで働こうとするなんて。

 ママは本当に信じているのだろうか?

 タカシの車でこの道を行く以外の選択肢はない、そんな恐ろしいことを。



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