第12話 二番目に答えたくない質問
狭い後部座席で、背中が押し付けられたり浮き上がったりする。
タカシは車を追い越し車線にのせると、左側の車をどんどん追い越していった。
馴染みの風景が容赦なく後ろに飛び去って、背中がちりちりする。
ようやく赤い信号が灯り、車がとまった。
「わからないな」タカシはハンドルに肘をかけ、ママの方を向いた。「その服、どこの?」
「わからなくて当然よ、これは私のオリジナル。今日みたいに本物のお金持ちと会う日には、ブランド服は着ない主義なの。プレタポルテなんて着てたら、すぐ値踏みされてしまう。服について尋ねられたら、自分でデザインして縫ったと本当のことを言えばいい。それで会話が続かなくなるような相手の依頼を受けても、結局は不愉快な思いをするって、経験から学んでるの」
「さすがだねぇ。なんにでも理由があるわけだ」
タカシの猫なで声に励まされて、ママは喋り続けた。
自分に似合う数パターンの服を作るだけなので、難しくはないこと。高価な材料を使っても、ブランドのバーゲン品より安価なこと。アクセサリーは宝石や貴金属ではなく、ガラスビーズや七宝などのアーティストの一点ものを選ぶこと。
「目的は節約じゃない。ありきたりでない美しいものを身に着けていれば、話の
思っていたよりずっと早く、ずっと遠くまで運ばれてしまっていた。窓の外を見て、見覚えのあるものを懸命に探す。
あった。タカシの横顔の奥にスポーツ用品専門店のビルが見えた。
ここには一度だけ来たことがある。
いつだったか、クラスの女の子たちと遊園地のプールに行くことになったとき。
スクール水着じゃ台無しだよね、という私たちの思いと、大きな字で個人情報が縫いつけられた学校指定の水着を着せるわけにはいかない、という大人たちの思いが一致して、みんなで水着を買いに行ったのだ。
スーパーの衣料品コーナーとは比べ物にならない品揃いに歓声をあげて、色とりどりの華奢な水着がかかったハンガーをあれこれと取りだしては、高く掲げたり、互いの体にあてたりして笑いあった。
ひとしきりはしゃぐと、ママに釘を刺されていたことを思いだした。
買っていいのは、スクール水着と同じ形のものだけだった。
かわいい水着集団の中で浮いて見えないスクール水着もどき、という難しい基準で探しながら歩いていたら、競泳用のコーナーにたどりついてしまった。
オリンピック選手が着るようなそれは、はるかに予算オーバーだったので引き返そうとしたところ、ナミちゃんの母親と鉢合わせた。
7人乗りのSUV車に私たちを乗せて、ここまで連れて来てくれた人だ。
水着の種類の豊富さと、そこから選ぶ難しさについて当たりさわりのない言葉を交わしたあと、こう質問された。
「ところで、リサちゃんのお母さんって、なにしてる人?」
いきなりだったので、ぎこちなく答えた。
「英語の通訳、とか、です」
「へえ、そうなんだ。昔はモデルで今はデザイナーだって、噂だったんだけど」
ちょっと残念そうに言葉を切ると、こう付け加えた。
「じゃあ、お母さんに英語を教えてもらえるね。うらやましいなぁ。リサちゃんもペラペラなの?」
彼女に悪気がないのはわかっている。
でも、それは二番目に答えたくない質問なので、友達に呼ばれた芝居をして駆けだし、みんなの輪の中に逃げこんだ。
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