天
綿麻きぬ
雨、飴、天
夕方の赤信号、横断歩道は渡れない。周りには僕と同じように信号が変わるのを待っている女の人が一人。
ここの赤信号は長い。時間が刻々と迫っているのになかなか変わらない。
待っている中、ポツリポツリ雨が降ってくる。それは静かに僕の服を濡らし始めた。確実に雨が服に浸透していく。
傘は持っていない。今朝のニュースでは今日の降水確率は低かった。なのでいらないと思った。
雨は次第に強くなっていく。それと同時に僕の気持ちも焦ってくる。
そんな時、赤信号は変わった。この横断歩道を渡れば雨宿りできる場所がある。急いで足を前に出そうとする。
僕は雨に打たれながら横断歩道を渡っているはずだった。
足が前に動かない。足を前に出す必要があるのも分かる。足を動かさなければいけないことも分かる。なのに足は動かせない。また赤信号に変わってしまうというのに。時間が迫っているというのに。
僕は行動を起こせずにいながら、その場で座り込んでしまった。その上、子供の頃を懐かしく思っている。
子供の頃、僕は雨の日何をしていただろうか? 覚えているのか?
あぁ、覚えているとも。あの頃は雨と戯れていた。
バカみたいに雨に打たれてた。傘なんかほっぽり出して。ついでに言うと、その傘でチャンバラごっこさへした。
そして、家に帰って親に怒られたものだった。親は怒っていながらも笑顔で体を拭いてくれた。
そんなことをいつからしなくなった。自分からしなくなったのか、それとも周りがしなくなったから自分もしなくなったのか。多分、どちらもなんだろう。
思いだしながらも僕は動かず、雨に打たれている。そして、赤信号に変わった。
僕は悲観にくれながら、次に赤信号が変わるのを待っている。そのまま、雨に濡れながら。
いつの間にか、雨が頭に降りかからなくなって影が僕に落ちる。
上を見ると、さっき一緒に赤信号を待っていた女の人が僕に傘をさしていた。その人は無言で僕を中に入れて、自分は雨に打たれている。
僕がきょとんとしているとその人はこう言った。
「私も雨に濡れたい気分なんで。あなたはそろそろ傘の中に入らないと風邪ひきそうだったので傘に入れました」
僕は立ち上がり、傘を彼女に返そうとしたが、彼女は押し返す。
「よく小学生の時とか雨に打たれたり、傘でチャンバラごっこもしました。そんな日々が懐かしく感じたんです。あなたもそうでしょう?」
そうだ、 あの頃が懐かしくて戻りたくて、でも戻れなくて、今の自分に失望して。
「たまにはこういうこともいいんじゃないんですか?」
その時、青信号に変わった。
彼女は僕の手を引いて、横断歩道を渡る。僕はそれにつられて渡りだす。
横断歩道は軽々渡れた。足も動く。渡りきった所で彼女は僕に言った。
「傘はあなたが使ってください。私はすぐ近くに家があるので」
僕は何も言えずに彼女が颯爽と雨に濡れてながら帰っていくのを見ていた。
さっきまで重くて動かなかった足が彼女に向かって歩きだし、走り出した。
彼女を追いかけ、今度は僕が声をかける。
「傘、ありがとうございます。でも、あなたが濡れるのはダメだと思います。なので、傘はお返しします」
そう言って僕は彼女に傘を強引に返して彼女とは逆方向に走る。
多分、もう彼女と会うことはないだろう。
僕は今日の出会いに感謝した。飴のように残らない出会いに、雨が出会わせてくれた。
天(あめ)は僕に贈り物をくれた。
君は子供の頃、雨の日なにをした?
天 綿麻きぬ @wataasa_kinu
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