第25話 旅立ちの日
「チュンチュン♪」
小鳥の鳴き声が聞こえる、日が上ったばかりの朝方。
鏡が設置された部屋の中、日課となっている『怪しげな訓練』がある。
「あ~い~う~え~お~♪さんはいっ!」
「「あ~い~う~え~お~♪」」
ダンジョンマスターと、ドッペルゲンガーなど、人型タイプでしゃべる事が出来る者達が集まっている。
そう、そこで行われているのは――
人語をしゃべる訓練……ではなく。
なんと『笑顔』の訓練だ。
「さぁ~、楽しい事を思い出して~。キ~ウ~イ~♪う~れ~し~い~♪」
「「キ~ウ~イ~♪う~れ~し~い~♪」」
楽しそうに笑顔を作る、マスターとドッペルゲンガー達。
産まれたばかりのドッペルゲンガーというのは、感情をどう表していいかがわからず……無表情な事が多かった。そこで生まれたのが、この笑顔の訓練である。
『ウ』の言葉で口を丸めて、『イ』の言葉で口を横に引き締める。
このウとイの、2種類の言葉を起点にして、顔の表情を豊かにしているのである。
◇
「みんな良い表情が出来るようになったなぁ~」
「はい。笑顔の訓練のおかげで、自然な笑顔が出来るようになりました」
マスターの言葉に、笑顔で答えるセバスチャン。
今ではマスターと共に、ドッペルゲンガー達に、様々な事を教えている。
訓練を始めたばかりの頃は、能面のような表情で、口元だけが動いているという、不気味な感じだった。あの不気味な表情で、暗い場所でにやりとされると…トラウマになりそうな、不気味なレベルだったのだ。
それが、今では……。
顔全体を使って、自然な感じで喜んでいる表情など、感情表現を豊かに表せるようになっている。これなら村や街に行っても、人間のフリをして、相手を騙す事も出来るだろう。
今日は、守護者であるセバスチャンを召喚してから、そろそろ1か月が経つ。人間達と交流するために、そろそろ旅立つ日……。
戦闘・料理・服の縫い方などなど……色々な事を覚えて、今では立派になんでもこなせる、心強い万能執事になってくれた。
◇
「セバスチャン、準備の方は本当に大丈夫か?」
「はい。私自身はもちろん、一緒に行く予定の者達も、すでに準備は整っています」
マスターの心配した声に、丁寧に答えるセバスチャン。
セバスチャンを筆頭に……。ハイドッペルゲンガーである男女2人ずつのアルド、グレン、シュナ、ライナの4名。進化した、マジカルキャットのミケとララの2匹。
さらに、乗馬と荷運び用にウォーホースが5体。そして連絡役として、ブラックホークのスパローがダンジョンとセバスチャンの間を行き来し、手紙と荷物のやり取りを行う予定だ。
「出発してしまえば、なかなか戻ってくるのは難しい。必要な物があれば、今の内に遠慮なく言ってほしい」
「はい。すでに充分すぎる程に、色々と用意してもらっています。何かあれば、ブラックホークにて連絡いたします」
セバスチャンには、ダンジョンの特産品として、売り物を多数預けてある。
ランクA品質の日本刀を目玉商品に、主力のランクB品質の武器を各種。さらにダンジョンの特産品となる織物や食料、薬品など様々だ。現地で何が必要とされるかわからないため、色々な物を持たせてある。
◇
ダンジョンの大広間に集まる仲間達。
そこでは、このダンジョンを旅立って調査に向かう者達に向けて、ささやかな演奏会が開かれる。
ダンジョンマスターであるレンディと、音楽が得意なコボルトとアラクネ達が楽器を持って、演奏を開始する。オカリナと笛による演奏と共に、マスターの歌声が響く……。
「心揺れて、迷う時、ためらう時も~♪」
「胸の中には、いつも僕らが居る~♪」
「心の絆は、繋がっている~♪」
この日の為にコボルト達と一緒に練習した曲。
前世で聞いた事のある曲を、アレンジした新曲……『旅立ちの日』
遠く離れた地に行っても、この曲を思い出して、仲間との心の絆を感じてほしい……。
◇
「セバスチャン、体に気を付けて、無理はしないようにな」
「はい。ダンジョンの為、マスターの為、仲間達の為にも新しき道を開いてみせます」
守護者仲間にもそれぞれ声をかけられ、いよいよ出発の時となる。
これから向かうのは人間達の住む場所。人間達の中で、新たな居場所を作りあげていくのは、想像以上に大変だろう。それでも……セバスチャンなら、上手くやりきってくれそうだ。不安な気持ちもあるけど、後はまかせて信じて待つしかない。
セバスチャン達が、マスターへと一礼し……次々と出発していく。
「う~ん、別れの時って、寂しくなってなんだが苦手だなぁ」
「わぅ。ほらマスター、いつも練習していた笑顔ですよ。さぁ笑顔」
手を振りながら、マシロ達と共に見送る。
馬にまたがる黒髪の執事の姿は堂々としており、自信に満ちた姿と爽やかな笑顔の『イケメンスマイル』。あれでは、人間の女性を虜にしてしまいそうで、女性関係が心配だ。
人族の近くの村までは、通常なら徒歩3日。馬に乗って急いでも、1日の距離がある。さらにそこから大きな街に向かうなら、もっと時間が掛かる予定だ。
今までは念話能力によって、離れていても携帯電話のように繋がっていた。それがこれからは……ダンジョン領域を離れると、守護者相手にも念話が繋がらなくなってしまう。
セバスチャンには、臨機応変に、その場の判断にまかせる。という事にしてある。状況が変化すれば、ブラックホークで手紙が送られてくるとはいえ、連絡が待ち遠しい……。
新たに作る人間の街に近い拠点では、新しくサブダンジョンコアによって、迷宮を作る予定がある。どんな場所になるのか、その日が楽しみだ。
◇ セバスチャン ◇
「レンディ様の期待に応える為にも、頑張らないといけませんね」
新しく向かう場所は、どんな所なんだろうかと、期待に胸を膨らませる。
人間とは違うモンスターが、人族だらけの街で、いったいどんな活躍をしていくのか……。
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